うまいなぁ……平安時代の殿方がやってのける上手な駆け引きに、思わずため息が出る。それに比べて、明治以降の文豪たちは被害妄想やらストーカー行為やら、法律すれすれの恋の仕方をしてしまうのは、なぜだろうか。大学で日本文学と出会って夢中になって以来、生粋のイタリア人である私はずっと疑問に思っていた。翻訳の仕事に携わって、日本に住んでいる今もなお依然として解せない。
その謎について長年空想を巡らした結果、自分なりの答えを導きだし、昨年10月に『女を書けない文豪(オトコ)たち』(KADOKAWA)という本を上梓する運びとなった。愛に悩む作者と主人公に焦点を絞って、現代女性の立場からいくつかの名作を読み解くことに挑戦した。その中の一編は菊池寛の『真珠夫人』である。
自分が書いた文章が本になったとき、私は天にも昇る心地を味わった。しかも、それをきっかけに、「イタリア人が読む『真珠夫人』について書いて欲しい」とのオファーまでいただき、さらに舞い上がっている今日この頃だ。
しかし、よく考えると大きな問題が一つある。
菊池先生が自腹を切って作り上げたこの「文藝春秋」という特別な舞台で、一世を風靡した『真珠夫人』を私ごときが語って良いのか、と。さらにイタリアを代表して? 責任が重大すぎて、ここ数日眠れない夜を過ごしている。
『真珠夫人』の魅力は何か。悩んだ末、菊池先生ご本人なら素敵なアイディアをくれるかなと思って、本棚から分厚い文庫本を再び取り出した。はじめの部分だけでも、というつもりだったが、ふと気がつくと真夜中。200ページ分ほど読み進めてしまったのだ。締め切りが迫ってお尻に火がつきそうな状態だというのに「あと2、3ページだけ……」と、そんな悪魔の囁きが耳元で聞こえてくる。
ご承知の通り、『真珠夫人』は、大正9年の6月から12月まで「大阪毎日新聞」と「東京日日新聞」に連載された長編小説だ。今でもぐいぐいと引き込まれる代物だけに、当時はすさまじい反響と絶賛を浴びたのは想像に難くない。
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source : 文藝春秋 2023年3月号