■開催趣旨
長引くパンデミック、原油・原材料価格の高騰、急激な為替変動、サプライチェーンの混乱、人材不足など、様々な事業運営における課題が顕在化する中、企業経営を取り巻く環境はより厳しさを増している。
経営者はこうした不確実性の高い時代に生き残りを図るため、デジタル化、組織改革、人材育成、業務効率化、イノベーション創発など、攻めと守りの戦略を進めながら次なる成長の芽を育てるべく、試行錯誤を繰り返している。
しかしながら、課題は顕在化しているけれども解決の仕方がわからない、経営陣からの指示はあるものの目的がはっきりせずゴールが見えてこない。などといった「課題解決」を進めるうえで前提となる本質理解や目的共有が“未”解決な問題として浮き彫りになってきている。
「なぜ、デジタル化が必要なのか」
「なぜ、組織改革が必要なのか」
「なぜ、業務効率化が進まないのか」
「まず、何から始めればよいのか」
こうした根本課題が解決していない状態ではイノベーションの創発もなかなか難しいのではないだろうか。
本カンファレンスでは、経営の“未”解決問題に焦点を当て、改革やプロジェクトを加速させ、真の成果を享受するための実践知を、経営課題の「本質追求」と「あるべき姿」の構想など、多様な視点から考察した。
■基調講演(経営の“未”解決問題)
経営の“未”解決問題
イノベーション・リーダーシップ・ソーシャルの未来考察
一橋大学名誉教授
法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科教授
米倉 誠一郎氏
法政大学大学院教授・一橋大学名誉教授。イノベーションを中心とした経営戦略と組織の史的探究が専門。ハーバード大学歴史学博士号取得(Ph.D)。『一橋ビジネスレビュー』編集委員長、ソーシャル・イノベーション・スクール学長、世界元気塾塾長でもある。
経営の未解決問題とは何か。
どこへ行くのかの旗が立っていない
20(否30!?)浪している
生産性が低く、給料が安すぎる:みんなつまらない顔をしてビジネスしてるからだ
金太郎飴が続いている
こうした項目が考えられる。
「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意思に属する」(仏哲学者アラン)。楽観主義で行こう! 冷戦が終わり、インターネットがやってきた。繋がりも深まったが分断も起きた。しかし日本は危機に強く、とくに共通目標を持つと意外に強い。直近で言えば「SDGs達成」は格好の共通目標になる。17の目標/169のターゲット/2030年という期限……日本が率先しないでどの国がするのか? くらいの考えでいる。
リーダーの役割は、まず旗を掲げ仕事に意味と未来を与えることだ。石を削るという作業一つとっても「くそ忌々しい石を削っているんだ」と言う石工と「世界で一番美しい教会の基礎を作る」と考えながら削る石工では動機付けがそもそも違う。
OECD諸国37カ国の生産性比較(2020年・日本生産性本部)では、日本は23位。生産性が低すぎる。平均賃金ランキングでも22位だ(2020年・OECD)。これらの要因は“イノベーション欠落”に尽きる。
総産出量(A)÷総投入時間(B)=生産性(C)。
総産出量(A)を増加させたい。GDPの増大=付加価値の増大=価値ある仕事の増大がイノベーション。幸せな人は創造性で4倍、生産性で1.3倍という統計がある。その一方で総投入量(B)を減少させたい。労働時間の短縮=デジタル化・BPR・ロボット化・DXで、これもイノベーション。デジタルは眠らず、腹減らず、賃上げ要求しない。結局はイノベーションこそ生産性向上の鍵だ。
(B)の削減:DX・データドリブンは絶対に必要だ。アリババのアリペイの手数料が0.1%と安いのはデータが欲しいからで、10億人のデータを既に持つ。ビッグデータを利用したOne to Oneマーケティングと新しいCustomer Experienceを実現している。
DX自体で競争力が自然に生まれることはない。売上の8割は2割の商品であり、仕事の8割は売上2割の工程だ。長期的戦略思考が大切で、すぐに成果は出ない。長期戦だから経営者主導でなければもたない。効率化され浮いた経営資源をトップサイドへ投下し付加価値を増大し、汎用技術やパートナー企業を活用してDXを過大投資にしないことが大切だ。
「創造的破壊」を提唱し“イノベーションの父”と称される経済学者シュンペーターは、新たな経済発展を導くイノベーションは技術革新だけではなく、新しい製品、生産方式の導入/マーケットの発見/素材/そして新しい組織の導入が新結合を生む、と述べた。
名著『イノベーションのジレンマ』を著した経済学者クリステンセンは、「大企業経営者は、破壊的イノベーションを優秀ゆえに見逃す」と喝破した。全く違うマーケットを開拓するには異なる視点が必要。多様性の高い組織のほうが好業績を上げ、正確な法的判断を下し、株価の推測も正確、というデータもある。
多様性のあるチームの方が「より多くの資料に当たり、より謙虚により注意深く事実を精査する。
自分と違う人間と働くことは、決まり切った考えに染まった思考回路にチャレンジし、新たな行動を促す。
同一的組織は前提を疑わないGroup think(集団浅慮)に陥る。
日本は、30年間のGroup Thinkを打ち破るべきだ。例えば女性の科学研究者、ワカモノ、ヨソモノ、バカモノの時代である。
資本主義においては大衆迎合で格差は縮小しない。教育とソーシャル・ビジネスが答だ。明治維新後の政府の日本の教育が戦後の行動成長へ繋がった。教育の成果が出るのは20~30年後。現状、先進35カ国中のGDP比の公的教育支出は、日本は最下位。教育に手を抜くと20年後にツケが来るから教育に対する高度な(国家レベルの)投資が必要だ。バングラデシュのグラミン銀行の個人の尊厳に根ざした少額融資のような、効率的かつ効果的なソーシャル・ビジネスには爆発力があり、大いに参考にすべきだ。
◎まとめ
どんな旗をたて、どこへ行くのか?
日本は「経済大国」「政治大国」ましてや「軍事大国」という幻想を捨て、世界の持続的成長を担うナビゲーターへ。合い言葉は、「世界に日本があって良かった」と言われよう。
技術力・経営力や国際協力ノウハウを駆使してSDGsを実践し、イノベーション立国・課題解決型国家という役回りで世界から尊敬を得る。ますます重要となるビジネス手法を通じて社会的課題を解決する「ソーシャル・イノベーション」の理解と普及が重要である。
日本は独りでうまくやってきた。しかし、
If you want to go fast, go alone
If you want to go far, go together
(an African Proverb)
この言葉のように、世界の人たちと手を組み新しい視点を持ち、新しい世界=ここに行くぞ、1ミリでも世界を良くするぞ、と旗を立てて能動的に進むべきだ。
■課題解決講演(DX人材育成の“未”解決問題)
営業利益率50%超を支える「データ活用人材育成」 10年の歴史
株式会社キーエンス
データアナリティクス事業グループ マネージャー
柘植 朋紘氏
新卒でキーエンスに入社後、コンサルティングセールス・人事採用を経て、データをフル活用したマーケティング・営業推進・販促活動に約10年間、従事。現在は、キーエンスの高収益の源泉である「データ活用ノウハウ」を基に社内開発した『データアナリティクス プラットフォーム KI』を、新規事業として幅広く展開中。各種イベントなどでの講演多数。
営業利益率50%以上、過去25年間の平均成長率10%以上の高収益企業であるキーエンス。その高収益の源泉が「データ活用」だ。ただ、データ活用の道のりは、決して平坦なものではなかった。過去10年以上、トランザクションデータの活用、外部企業の活用、各種ツールの導入、データサイエンティストの採用(専任チーム構築)などの試行錯誤を続け、大きな壁に何回もぶつかっていった。
その壁を乗り越える中で、「組織にデータ活用を浸透させる理想型は何か?」について、1つの結論にたどりつく。それは、外部/ツール/高度人材に頼りすぎるのではなく、「『ビジネス部門』自体が、日常的に、データを基に意思決定できる組織をつくること」であった。そうした過程で、ビジネスパーソンが特別な分析スキルを持たずとも高度なデータ分析ができるよう、内製で開発されたのが「データアナリティクス プラットフォーム KI」である。
◎データ活用人材育成のコダワリ3点
データに基づいて日常的に意思決定する人作り・風土作りにおいて、キーエンスがこだわっている点を3点紹介する。
研修のための研修はしない。実践でデータと格闘し、人を育てる。
キーエンスの試行錯誤の歴史の中で、データ分析の結果を現場が使ってくれない「現場展開の壁」には何度もぶつかった。突破のヒントになったのが“START SMALL, SCALE FAST”つまり小さく成功事例をつくり、いっきに横に広げるという進め方だ。たとえば、この「人の動かすスキル」などのデータ活用では避けて通れないスキルは机上では学びにくい。従って、実践形式が効率的である。
「あたりまえの分析結果」こそ、日常を変え、組織を変える。
一見、あたりまえの分析結果が、実は最も効率が良い。新しい分析結果、まだ見ぬ分析テーマを、求めたくなるが、まずは何となくできていることをデータ分析で解き明かし、組織全体の再現性の向上を狙うのが得策だ。一見あたりまえな分析結果こそが、行動変化や習慣化につながり、人を育てる。
耐える。短期のROIを、求めすぎない。
長期のROIを最大化するための活動は、短期のROIだけでは計測できない。財務、顧客、業務、人材、データ……複数の観点から、多面的に計測しながら、中長期的な観点で進めていくことで、最終的な成果(ROI)は最大化する。良い土(人)をつくっていければ、花(ROI)は自ずとついてくる。
◎「データ活用支援プログラム」とは?
ここまで述べてきた当社のノウハウを提供するのが「KIソリューション」。(1)「データアナリティクス プラットフォームKI」を使うと、ビジネス部門のスキルでも高度な分析が可能になる(データ加工・編集/要因分析/機械学習など)。
(2)データ活用支援プログラムは、キーエンスのデータサイエンティストが、データ活用をサポートする実践型のプログラムだ。ユーザーのビジネス課題を、ユーザー自身が解いていくプロセスを、データ分析を知る/分析テーマ整理/分析設計・実施/分析結果の解釈/施策決定・実行・検証の各過程で支援し、ユーザー自身がデータを基に意思決定できる状態を目指していく。企業規模や部門を問わず、データ活用のレベル向上を目指す企業に幅広く導入いただき、高い評価を受けている。
■特別講演(経営の“未”解決問題)
「修羅場る」経営
全日本空輸株式会社
代表取締役社長
井上 慎一氏
1958年生まれの64歳。神奈川県出身。1982年3月に早稲田大学法学部を卒業、90年9月に全日本空輸株式会社に入社。アジア戦略室室長やLCC共同事業準備室室長を経て、2011年5月からピーチ・アビエーションの代表取締役CEOを務めた。バニラ・エアとの統合を経て、20年4月から全日本空輸株式会社の代表取締役専務、22年4月より代表取締役社長。
“空飛ぶ電車”、その旅をもっと気軽に!を目指し2011年に設立された、Peach Aviation(ピーチ・アビエーション、以下Peach)。就航前は、コストの高い日本でLCCのビジネスモデルは成立しない、など成功を信じる人は少なかったが、香港で設立準備を進め、アイルランド・ライアン航空の初代会長のパトリック・マーフィー氏や米倉誠一郎教授との出会いに恵まれ、空飛ぶ電車を軌道に乗せることができた。18年にANAホールディングスが出資比率を引き上げた際には、ANA HDにとっては“ユニコーン企業”となることができた。
マーフィー氏には
・First Moverたれ!
・LCC成功の秘訣は「コストマネジメント」+「ホスピタリティー」
・「人」のせいにするな。大事なのは自分が何をしたかだ
・「日本には日本の花が咲く」。ヨーロッパのやり方を真似ただけでは成功しない。何をするか決めるのは君たち自身だ
米倉先生には、
・物事を一人称で語る人間にしかイノベーションは起こせない
・毎日小さい「いつもと違うこと」の積み重ねが大きなイノベーションを起こす
・これまでの延長戦上のやり方ではダメ。イノベーションで潜在需要を掘り起こせ
といった教えを受けた。お二人との出会いがなければ現在のPeachは存在しない。
出資企業各社からの厳しい要求もあり、稼ぐことやコストは重視した。“No Profit, No Business!! ”。3年で単年度黒字化、5年で繰越損失一掃を実現した。また、運航実績・運航品質にもこだわり、メインターゲットは若い女性とした。社員やスタッフの年齢構成、出身国・地域、前職もさまざまで、まさにダイバーシティがイノベーションの原動力となった。
創業時の志や社内文化、暗黙知の共有と伝承にはイベント実施なども含め留意している。例えば累損を一掃した際には「井上遣欧使節団」と題した研修プログラムを実施。審査を勝ち抜いた12組が、それぞれのプランでLCCを利用し世界を飛び回った。現在の企業理念は「ヒト・モノ・コトの交流を深めるアジアのかけ橋となり、人間愛を育むエアラインとなる」。社員ひとりひとりに、何のためにPeachに集ったかを問い続けている。
Peachのコアストラテジーは運航品質/コストマネジメント/ブランディング/イノベーションの4つによる「差別化」である。例えばブランディングでは、ユーザー/インフルエンサーと連携して、LCCは新しく自由なライフスタイルの提案であることをアピールした。コスト削減については似て非なる「やりくり」で対処。“非まじめと遊び心”が停滞を防ぎ、持続可能な組織を作ると確信している。
Peachはライフスタイルも変えた。日帰りで韓国へ、毎週末札幌の家族に会う、台湾女子が沖縄のヘアサロンへ行く……といった“航空イノベーション”を起こした。今後も、旅前から旅後まで顧客接点を拡大していく。エアライン以外のプレイヤーとも局面に応じた“競争と協創”を繰り広げる、異業種格闘技の世界に突入したと考えている。
Peachの経営から学んだ知見・ノウハウをANAの経営に生かしている。
・顧客インサイトを掘り下げて価値創造する
・面白がると右脳が活性化(アイデアが出る)
・「やりくり経営」の導入
・失敗を許容する文化を創る
・社長の言葉でメッセージを伝え続ける。
どうせやるなら明るく楽しく、幸せな人生を生きたいと考えている。
顧客起点では、ANAはSKYTRAX社の最高評価「5スター」を10年連続で受賞、インターブランド社「顧客体験価値ランキング2022」で第3位。グループのANAXはデジタルを活用し顧客起点のプラットフォーム・ビジネスを支える。日常の移動がマイルになるアプリANA Pocketの展開やサイバーエージェントとのデジタル広告配信事業を開始。また、非接触など顧客ニーズの変化を踏まえスマホによるチェックイン・搭乗手続きからエスコート・アクセスナビなどを充実。日常のあらゆる場面で顧客との接点を持ち、顧客満足度を最大化していく。ANAとPeachが非日常を担うのに対し、日常の顧客接点拡大はANAXが担う。
面白いアイデア・やりくり経営の観点から、コロナ禍で新規事業・サービス提案制度「がっつり広場」を開始。飛行機を活用した結婚式・レストラン・チャーターフライト、退役機材の中古部品販売、『御朱印帳』・ルームシューズなどUp Cycleの取り組みなども生まれた。日常・非日常を問わずお客様との接点を拡大し、顧客インサイトを掘り下げ、新たな価値を創造し事業機会を創出する。文化の共有と承継のため、私も自分の言葉で社内外に発信を続けている。
■課題解決講演(経営×法務の“未”解決問題)
契約業務DXがもたらす企業価値の向上
株式会社LegalOn Technologies
代表取締役/弁護士
角田 望氏
2010年京都大学法学部卒業、同年、旧司法試験合格、12年弁護士登録。13年森・濱田松本法律事務所入所、M&Aや企業間紛争解決に従事。17年独立、法律事務所ZeLo・外国法共同事業開設および株式会社LegalForce(現:株式会社LegalOn Technologies)を設立し、現職。
「全ての契約リスクを制御可能にする」ために最新のテクノロジーと法務の知見を組み合わせた製品の開発・提供を行っているのがLegal On Technologies。契約業務DXの目的=効率化・コスト削減だけではない。本来目的は、企業価値を向上させることにある。
そもそも契約とは、契約当事者間の権利義務関係を形成すること。契約書上の義務違反は、究極的には司法権によって強制的に実現される。契約書上の権利については、有効に活用すれば自社に大きな利益をもたらす反面、義務については違反すれば大きな損害を及ぼす。
契約には、締結前後双方にリスクが存在する。まずは締結前に、不利な条項/法律違反/取引内容との乖離などをレビュー、修正・交渉などで予防しなければならない。締結後は、契約違反/権利の持ち腐れ/予期せぬ更新・終了などを、契約書を管理し、適切に保管。管理台帳を作成して迅速に確認できる状態にしておく必要がある。前後の作業とも、人の手や目だけでは徹底することが難しい。
契約業務DXの効果は、効率化が実現し、人による補完作業の時間ができることで品質の向上が実現する。そのため、契約上のリスクを最小限に抑え、そもそもの企業価値向上を実現することができる。当社は締結前のリスク管理にはLegalForce、契約後のそれにはLegalForceキャビネというソリューションを用意している。
LegalForceは契約審査の効率化と品質向上をかなえる「AI契約審査プラットフォーム」だ。契約書に潜むリスクの洗い出しから、リサーチ・修正・案件管理までをワンストップでサポート。流れるように快適な契約審査を実現し、法務の仕事を加速する。正式版リリースから約3年で2500社が導入している。
契約書をアップロードするだけで、条番号が異なる契約書でも、対応する条文同士を入れ替えて横並びで比較することなども可能だ。導入企業の94%が品質向上を実感し、95%が時間削減を実現している(自社アンケートのデータより)。
LegalForceキャビネは、契約書管理をスマートにする「AI契約管理システム」。締結済みの契約書を放り込むだけで、OCRで全文テキストデータ化し、AIが管理台帳を自動生成する機能を持ち合わせている。全文検索が可能なので過去の契約書がすぐに見つかる。契約書の管理工数と探す時間を限りなくゼロにしながら、スマートな契約管理を実現する。22年11月時点で、約600社が導入済み。
◎まとめ
繰り返しになるが契約には締結前後、双方にリスクは潜んでいる。テクノロジーの活用により、契約業務を効率化し、本質的な業務に注力することで、より強い法務体制を構築することができる。
・契約リスクの制御は人の目と手だけでは困難だからこそ、テクノロジーの活用が重要。
・契約リスクを適切に管理することは、企業価値向上につながる。
・テクノロジーを駆使した契約業務のDXにより、契約リスクは制御可能となり、企業価値の向上が実現する。
■課題解決講演(働き方の“未”解決問題)
間接業務から始めるDX
株式会社コンカー
代表取締役社長
三村 真宗氏
1993年、慶應義塾大学法学部卒寮。SAPジャパンに13年間勤め、ビジネス・インテリジェンス事業本部長、社長室長、戦略製品事業バイスプレジデントなどの要職を歴任。マッキンゼー・アンド・カンパニー、米国ベンチャー支援企業を経て2011年10月より現職。コンカーの日本法人立ち上げ後、社員の「働きがい」を支えるための施策を自ら先頭に立って数多く実施。18~23年には日本における「働きがいのある会社ランキング(中規模部門)で6年連続の1位を獲得。売上においては17年に欧州の主要国を抜き、日本を米国に次ぐ世界第2位の規模となる市場とするなど、グループ内での日本支社の存在感の構築にも貢献。
経費の支払いや払い戻しは“なくならない仕事”。一方、経費精算や承認は“なくすべき仕事”でありビジネスパーソンにとって最も付加価値のない仕事だ。経費精算や承認をDXで、キャッシュレス/入力レス/ペーパレスにすることで関連作業がほぼなくなり、経費精算も“承認レス”にすることができるようになる。コンカーのビジョンは「経費精算のない世界をつくる」である。
◎キャッシュレス・入力レス・ペーパレス
法人カードブランド、QRコード決済(PayPay)、タクシー配車アプリ(GO/S.Ride)、交通系ICカード、以上の全てとコンカーはデータ連携している。特に、利用者のパーミッションを取った上でSuicaでの鉄道利用やタクシー、駐車場利用を含めたデータを取得できるのはコンカーだけだ。
2020年の電子帳簿保存法の改正により、キャッシュレス決済によるデジタル明細が領収書の代替にできるようになり、22年に運用要件が大幅に緩和され、税務署への事前承認や領収証へのサインが不要に、また経理等でのサンプル保存も不要になった。紙の領収書もスマートフォン、複合機、卓上スキャナによるOCR(光学読取)でデジタル化できる。ペーパレス化はインフラ面でも着実に進んでいる。
◎承認レス
承認レスとは「承認」を単になくすのではなく、業務プロセスの見直しとデジタル技術の活用により、ガバナンスを担保しながら承認工数を最小化すること。
法人カード導入によるキャッシュレス払いなどのデジタル活用により改ざんは不可能になる。蓄積データを分析すれば、個別には規定内でも過剰に経費を利用している社員を検知できる。同日・同金額の経費を自答検知して警告を発したり、現金決済を軽微な違反として自動検知もできる。運用の厳格化は大多数の善良な社員の生産性を低下させるため、デジタル技術で不正を予防するのが得策だ。
承認レスのステップとしては、誓約書による意識の引き締め→キャッシュレス化→個別チェック(個別の経費申請に対して)→払い戻し→データ蓄積→蓄積した経費データに対して蓄積チェック=デジタルガバナンス、である。承認レスは、生産性を向上し、懲戒から社員を保護し、財務的負担を軽減する。
コンカーは、段階的に経費精算を成熟させていくマップを持っている。DXビジョンの作成→効果試算(オプション)、業務改革/システム導入→利用開始、がDXプロジェクトの基本的な流れ。クラウドなので会社の既存システムへの影響はほぼなく、失敗プロジェクトのほとんどの理由は現場の反対による業務改革の頓挫だ。経営層がオーナーとなって業務改革をやり抜くべきである。
■経営者講演(経営の“未”解決問題)
「ワークマン式『しない経営』」
~ 未来を創るために今、経営に何が足りないのか? ~
株式会社ワークマン 専務取締役
東北大学特任教授
土屋 哲雄氏
東大経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て三井物産デジタル社長に就任。本社経営企画室次長、三井情報取締役。2012年ワークマンに入社。19年専務取締役、22年7月より東北大学特任教授に就任。ワークマン店は作業服市場を取り尽くす勢いのため、18年に新業態店「WORKMAN Plus」を仕掛けて大ヒット。20年に女性目線の「#ワークマン女子」、22年4月には大注目の「WORKMAN Shoes」を立ち上げ快進撃中。
ワークマンは1980年設立。作業服業界を愚直に深耕し、42年間の競争優位を実現してきた。私は2012年に入社し、14年に中期業態変革ビジョンを発表して作業服市場の取り尽くしをほぼ実現。18年にWORKMAN Plusで一般客の取り込みを、20年に#ワークマン女子で女性客の取り込みを開始、そして22年にはEC/店舗受け取り限定キャンプギアの販売と、WORKMAN Shoesの展開を始めた。
◎善意と共感の生態系モデル
「課題解決のための善意と共感の生態系モデル」が当社にはある。性善説(対等)に則り、社内の人材育成は「信じて伸ばす」、権限委譲は「任せる」、経営手法は「衆知を集める」、評価は「親切心、没頭(愚直)」を重視する。
社外に対しても、社内モデルを拡張し内と外の壁をなくしている。善意型サプライチェーンを構築し取引先を思いやる。実際、PB品は社外の衆知を集める経営手法のもと、3分の1は(社外のインフルエンサーである)アンバサダーが開発している。
性悪説(上下関係)、ノルマ、管理、強制、成果・スピード偏重は、社員の思考能力を奪う。問題解決能力を高めるためにも自分の頭で考え、咀嚼し、実行することが大切だ。時間を気にせず、没頭し愚直にやり抜けば結果は出る。
中期業態変革ビジョンでは、目標として客層拡大、第2のブルーオーシャン市場創出を打ち出した。事業ドメインを作業服から「機能性ウェア」に定め、同じ製品を見せ方を変えて異なる客層に販売する。達成手段(1)はPositioningと集中・しない経営(1つの目標だけに集中/社員にストレスを与えない/価値を生まない仕事はしない)。これらが、自然に100年の競争優位をもたらす。
達成手段(2)はDynamic Capability・データ経営。データは重視するがデータはあくまでコミュニケーションツールだ。未知の業界をデータだけで運営することはあり得ない。経営者の仕事は、人の意欲を引き出す仕組みを整え、攻める市場を決めることだ。隙間市場なら成果が出やすいから私たちはそこに注力する。繰り返すが期限は設けない。そのほうが社員は焦らず、結果として早くいい結果・成果が出る。
企業を変えるなら企業文化から、だ。経営の本気に社員が自然に共感して、やる気になる。(1)何をやるかブレない (2)経営の本気度を見せる (3)ストレスをかけない (4)時間の制約をなくす。目標は「自走型」社員の育成。商品部は製品を自由に作れ、スーパーバイザー(SV)部は店舗と自由に実験できるようにしている。
機能性と低価格が特徴の4000億円規模の空白市場に、偶然入ることができた。現在は先述の女子、Shoes、Plusの出店を拡大し、WORKMANは改装してWORKMAN Proにしていく。現在留意しているのは駐車場の確保⇒5分で買い物が終わる作業客と30分以上かかる女性中心の店舗を分けること、だ。
Amazonに負けないための3つの方針は、(1)定価で負けない(23年8月までPB品の価格据え置き宣言) (2)配送費で負けない(店舗受け取りに集中) (3)販促費をかけない(SNSの評判だけで売り切る)。性善説、改善、楽観論(信念)、時間あり、という風土のもとAmazonとは違う土俵で良いところを伸ばす=Positive Approach。
◎善意と共感のマーケティング手法
経営目標は1つだけ。「客層拡大=同じ製品を異なる客層に販売」である。マーケティングの比重は(1)製品開発が60%(製品がすべて) (2)新型店舗が20% (3)SNS販促が20%。
商品部は製品を自由に作れる(1年目は少なめに作る)。ただし5年間売れるダントツな製品しか作らない。余計なプレッシャーがないとヒット製品が生まれる。
SV部は自分で売り場を変更できる。現場で実験をしながら最適なフォーマントを模索する。
善意のアンバサダーに製品開発と販促を任せる。SNSで完売できるのでTV CMは廃止した。アンバサダー向けには数千万円かけて4ブランド合同の「製品発表会」を開催している。そこにTVなどが取材に来て、一段と情報が拡散する。
商品についてもワークマンらしさの追求はぬかりない。穴が空いても自動修復するREPAIR-TECHは当社独自記事。これをダウンジャケットやダウンシュファルに横展開している。洗えるダウン、防虫、防融(火花対策)、耐久撥水などの機能も横展開している。
アンバサダーは先述のように善意(無償)で製品開発とSNS発信をしてくれる。新製品の発表はマスコミよりアンバサダーを先にし、フォロワーや読者の増加につなげている。全PB商品の3分の1がアンバサダー開発製品。当社の社是は「声のする方に、(ゆっくり)進化する」。多数のモニターより1人のアンバサダーの方が消費者の声を代表していると考え、AIによるアンバサダー捜しも行っている。これは社内の知恵を集める経営が自然に社外に伸びたものだ。
いまや購入の決め手はブランドより評判。好きなブランドの製品でも評判を見ないと購買しない(失敗を恐れる)。共感すると購買へ。評判をどう自然に第三者に発信してもらうかが販促のキーポイント。何もしなくてもバズる製品をアンバサダーと共に作るのが上策だ。
データ分析については各部ごとに実施。SV部は、最適な品揃えを実現する店舗機会ロス発見ツール、商品部はサイズ分布ロス発見ツール、商品部はカニバリ発見ツールをEXCELでそれぞれ開発。採用部門はチラシ効果を測定し加盟店募集キャッチ最適化を行っている。
サプライチェーンも「善意型」だ。長期取引による信頼感(メーカーを変えない=国内42年、海外15年)、社員は「親切心」重視で採用(親切心は伝播する)、加盟店は「人柄」で採用する(人柄の良い加盟店にはお客様が集まる)。
快適労働で労働寿命を延ばすために「快適労働研究所」を設立した。電機メーカーの冷蔵・安全技術と当社の冷感・遮熱素材を生かした冷暖房服や、背筋使用率を38%軽減するアシストパワースーツをアンバサダー/大学/メーカーと善意と共感のコラボレーションのもと、開発を行っている。
◎まとめ・結論
●善意と共感による課題解決の生態系モデル
・権限を完全委譲すると上手くいく
・ストレスをかけない方が良い仕事ができる
・時間の制限がないと早くできる
・ノルマがない方が大きな成果がでる
・社内外の知恵を集めて生き延びる(エコロジーベースの進化理論・生態家の相互作用で生き延びる)
上記すべては、善意と共感で進化する。ただし、1つひとつは劇薬でもあり、全てを一度に実行することは不可能なので、少しずつ成果を見ながら行うことが大切だ。
しない経営=余計なことをせず、ゆとりを持つことがInnovationにつながる。
2022年12月15日(木) オンラインにて開催・配信
source : 文藝春秋 メディア事業局