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【イベントレポート】超実践・人的資本経営 SeasonⅡ ~ 戦略と人事の融合 組織改革 帰属意識 働きがい 採用・育成 全検証

 

■開催趣旨

人材を「資本」と捉える経営、いわゆる「人的資本経営」への注目が集まる中、2022年5月には、「人材版伊藤レポート2.0」が公表され、人的資本経営を実践に移していくための取組みやその重要性、仕組み化の工夫など、具体化を進める企業が増えてきている。

コーポレートガバナンス・コードにて「非財務情報の可視化」に関する言及や、機関投資家との対話を目的に統合報告書等で「人材戦略」を説明することは、企業価値向上を対外的に発信する上でも不可欠。経営をはじめ人事部門、財務部門、事業部門が一丸となって「人」を軸とした成長戦略を描いていくことが求められている。

また、人材を短期的に入れ替え可能な「資源」と見るのではなく、その人材の中長期的な成長を支援し、それが社会全体の成長へとつながる「循環型」経営を実現していくことが、大切となっている。

そこで本カンファレンスでは、「人的資本価値の自律的向上をうながす――『戦略と人事の融合』『組織改革』『帰属意識』『働きがい』『採用・育成』全解剖」に焦点を当て、「人的資本経営」をさまざまなステークホルダーの視点から考察し、実践に向けた仕組みづくり、KPIマネジメント、デジタルツールの活用など多様な視点から検証を試みた。

■基調講演

地に足の着いた人的資本経営のススメ

~ 多様性をいかす仕組みづくり ~

 

早稲田大学大学院教授

「人的資本経営の実現に向けた検討会」委員

谷口 真美氏

1996年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了、博士(経営学)取得。広島大学大学院社会科学研究科助教授を経て、2000年より米国ボストン大学大学院組織行動学科・エグゼクティブ・ラウンドテーブル客員研究員。03年より早稲田大学助教授(准教授)。08年より現職。2013~15年にはマサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院研究員。

◎人的資本経営とは/多様性とは

人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方、それが人的資本経営である。実現させるには、経営戦略と連動した人材戦略の実践/投資家への情報の可視化、この両輪での取組が重要だ。

伊藤レポート2.0は、人的資本経営を考える際の、3つの視点と5つの共通要素を示した。3つの視点とは、経営戦略と人材戦略を連動させるための取組/As is-To beギャップの定量把握のための取組/企業文化への定着のための取組、だ。

5つの共通要素のうちの1つ「知・経験のダイバーシティ&インクルージョンのための取組」を行う際には、前記3つの視点としっかり絡める必要がある。ただし、(スライドの)マトリクスを全面的にカバーする必要はない。どう濃淡を付けるかは各企業が決めること。それが独自性であり、自社の価値創造メカニズムをつくるきっかけとなる

多様性には、年齢や人種・民族、性別などの表層と、居住地や家族構成、知識、母国語、宗教、社会的経済的地位などの深層の2つがある。表層だけにとらわれず深層にも目を移すと、多様性をいかす取組がさらに一段深まる。イノベーションの源泉は深層にある

多様性には3つの捉え方がある。まずは「格差」。権限、地位などの偏在(格差)=影響力の偏在はあるか? 次に「距離」。価値観の相対的位置の違い(距離)や偏りは? そして「種類」。知と経験(種類)のバラツキ程度は? これら3つの捉え方と視点によるアプローチにより、多様性の現状(As is)を正確に観察し、ありたい姿(To be)とのギャップを知ることができる。また、格差・距離・種類の3つの相互依存関係にも配慮しながら、次に必要な対処策を施すことが重要だ。

◎多様性が価値創造につながるメカニズム/情報の可視化の意義

組織のパフォーマンスは、「個人」「集団」それぞれのレベルでのパフォーマンスの結合である。ダイバーシティに対するアプローチには、抵抗⇒同化⇒多様性尊重⇒分離⇒統合の5つのパラダイムがある。価値創造につながるのは、短期的かつ局所的に違いをビジネス成果につなげる市場適応的な「分離」と、長期的かつ全社的に違いをいかし競争優位性につなげる戦略的「統合」だ。

現在の人的資本経営ブームは、個人(の知識・スキル・能力)に焦点を当てすぎている。個を強くすることは必要条件であるが十分条件ではなく、個の単純合計がそのまま集団(職場)や組織の成果につながるわけではない。個の力を結集し、集団や組織レベルの成果に繋げるマルチレベルでのマネジメントが、目標の実現可能性を高め、価値を創る。多様性は相乗効果(シナジー)と相殺効果(打ち消し合い)の両刃の剣だ。それを意識しつつ戦略目標を達成するための環境構築・整備=場のマネジメントと、実行段階で起こりうるダイナミックなプロセスのマネジメントを行うことが組織の成果につながり、価値創造のメカニズムとなる。

 

多様性が高く変化の激しい環境下で、メンバーの力を引き出し成果をあげるリーダーに求められる代表的な資質。それは、他者と自己の1対1の関係=感情/チームの多様性/外部・内部環境の複雑性の3つをマネージする力だ。これらが、他者に働きかけ協働・共創を促して複雑な事象を解決するベースとなるリーダーの認知・行動特性の特徴であり、発揮行動として「多様性をいかすリーダーシップ」となる。

また、投資家などに正しく評価してもらうために、統合報告書などによる人的資本経営関連情報の開示にあたっては、「独自性」事項と、「比較可能性」事項のバランスに留意したい。将来の企業価値創造への期待を高める独自性や、自社固有の“地に足の付いた”具体的なプロセス=“現状(As is)⇒ありたい姿(To be)”を明確に示すべきだ。

 

まとめ=多様性を価値創造につなげるために

「経営戦略と人材戦略の連動」と「投資家への情報の可視化」は車の両輪である。前者は組織・集団・個人のマルチレベルでの価値創造ストーリー構築である。個の知識・スキル・能力の開発だけでなく、集団レベルの多様性マネジメントも重要だ。それがあってこそ人材戦略の可視化がいきてくる。


■課題解決講演(1)

「人的資本」と組織経営に重要な人材マネジメントを紐解く

従業員が持つスキルや経験を経営資源として活かすための人事データ活用とは

 

株式会社SmartHR

プロダクトマーケティングマネージャー

重松 裕三氏

慶應義塾大学商学部卒業後、コンシューマー向けプロダクトを開発する企業で、プロダクトマネージャーとして新規事業の立ち上げを複数手掛けつつ、組織内最大チームのマネジメントを担う。2019年、SmartHRに入社し、プロダクトマーケティングマネージャーとしてクラウド人事労務ソフト「SmartHR」の機能開発に貢献。人事情報を活用し組織の力を向上させるサービスの企画開発も担当し、20年9月「従業員サーベイ」機能、21年10月「人事評価」機能に続き、23年2月14日に「配置シミュレーション」機能をリリース。

◎人的資本を取り巻く現状

人的資本は無形資産であり、従業員がもつスキル/知識/ノウハウ/資質、などに焦点を当てた概念だ。組織や企業の成長戦略に不可欠であり、投資すべき領域である。

経済産業省は2020年と22年に「人材版伊藤レポート」により人的資本経営による価値創造の重要性を訴求。内閣官房も22年に日本政府としての人的資本情報開示の指針を示した。人的資本の可視化(本指針)と、人材戦略の構築(人材版伊藤レポート)を併せて活用することで相乗効果が生まれるとされる。

企業・経営(者)には、自社の戦略や目標と関連づけられた指標の開示が期待される。開示する指標は、独自性のある取組・指標・目標=自社固有の人的資本への投資や人材戦略を表現した他社と比較しづらい指標。そして、比較可能性の観点から開示が期待される事項としては現在のところ、女性管理職費率や男女間賃金格差、男性育児休業取得率など他社比較できる指標が挙げられている。人材戦略や人的資本開示は、できることから始めて、徐々にブラッシュアップしていく姿勢が、企業価値向上のためにも重要だ。

◎人的資本経営・開示のハードルと解決策

まずは現状(As is)の人的資本を把握し、人的資本の目標(To be)を決め、ギャップを定量的に把握し、目標に到達する戦略を立てる、という段階を踏むこと。ただし、人事データ整備の重要性は分かっていてもなかなかできない。人事・労務担当者の業務は多岐にわたる。印刷、配布など非効率な業務や、紙で管理する書類もまだ多く残っている企業も多い。

(1)人事労務業務の効率化 (2)人事データを収集・蓄積する仕組みの整備 (3)蓄積したデータの活用、が重要である。SmartHRを活用すれば、必要なデータが自然と集まる仕組みにより「人事データをいつでも活用できる」状態がつくりだせる。労務業務の効率化を行う際に自然と貯まったデータで、簡単に集計・分析が可能なのだ。集めたデータは、人事評価、分析レポート、従業員サーベイ、配置シミュレーションなど、多彩なタレントマネジメントに活用できる。

冒頭述べた人的資本開示にあたっても、SmartHRに入っている情報をすぐに集計・可視化することができる分析レポート機能が役立つ。データ同期と簡単な設定だけで労務系、人事系、勤怠・給与系の10種類以上のレポート作成ができる。

また、SmartHRに登録された従業員へのエンゲージメントサーベイや、さまざまなアンケートも実施可能。人的資本の把握に活用できる。例えば先述の「独自性のある指標・目標の開示」のためには、エンゲージメントサーベイを使ってエンゲージメントスコアを開示/eNPS※を取得して推奨度ごとの回答数を開示/オリジナルサーベイで独自の項目を調査して開示、などが可能だ。組織課題を可視化できる45の質問がSmartHRでは用意されており、スコアや回答割合の推移なども確認できる。
※eNPS=従業員の自社に対する愛着や満足度、働きがいなどを数値化した指標

◎人的資本経営に向けて

人材版伊藤レポートで重要とされる「動的な人材ポートフォリオ」「リスキル・学び直し」にもSmartHRは役立つ。配置シミュレーション機能やスキル管理機能(現在開発中)で、人材を活かす適切な配置とスキル把握・育成を支援する。多くの機能と連携し、正確なデータに基づく配置検討ができ、集めたデータを可視化し経営に貢献する。

 

労務管理クラウドでのシェア、満足度、継続利用率が高いSmartHR。「Employee First.すべての人が、信頼しあい、気持ちよく働くために」導入を検討いただければ幸いだ。


■特別講演(1)

グローバル事業戦略を支えるピープルストラテジー

~テルモにおける人的資本経営への挑戦~

 

テルモ株式会社

取締役常務経営役 チーフヒューマンリソースオフィサー(講演当時)

西川 恭氏

1959年生。82年東京大学法学部卒業。株式会社富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)等にて人事部・浜松営業部長・香港支店長などを歴任。2010年テルモ(株)入社。国際統轄部長、テルモヨーロッパ社長を経て、18年4月よりチーフヒューマンリソースオフィサー(CHRO)。グローバルリーダー育成、ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン (DE&I)、Growth Mindsetの醸成などに取り組む。

1921年創業のテルモ。体温計の製造を祖業とする医療機器メーカーで、「医療を通じて社会に貢献する」企業理念と、「医療の進化」と「患者さんのQOL向上」への貢献、というパーパスのもと日本に本社を構え、世界160以上の国と地域で事業を展開するグローバル企業として活動している。内部成長とM&Aの両輪で成長を続けており、株式の時価増額はこの30年間で約9倍になった。

疾病構造/時間軸/技術が変わる「医療のパラダイムシフト」に合わせ、中長期を見据えたビジョンは「デバイスからソリューションへ~21世紀の社会課題に応える~」とした。それに伴い、人財の可能性の最大化に向けて、戦略的重要性の高い新規スキルの獲得/Growth Mindset(新しいことへの挑戦と成長)/グローバルリーダー人財の育成/多様な人財の活躍(DE&I)、の4つに取り組んでいる。

◎CHROとしての「人事戦略」取組の経緯

2018年から人事戦略への取組を徐々に拡大し、戦略的要員計画/人財・学習/評価・報酬/モビリティ/アソシエイトエクスペリエンス/HRテック・アナリティクスの6つのコア課題にグローバルで注力してきた。会社としては変革・変化の実現を、アソシエイト(社員)としてはアソシエイトエクスペリエンスの向上を目指している。

 

具体的には先述と一部重複するが、(1)グローバルリーダーの育成 (2)組織効率と効果の強化 (3)重要スキル開発の設定 (4)Growth Mindsetの醸成 (5)DE&I文化の醸成 (6)アソシエイトが生み出す価値のリコグニション (7)アソシエイトウェルビーイングの形成、に取り組んでいる。濃淡はあるが、(1)~(7)をエコシステムのようにテルモ全体で見て、それぞれ手を打っていく必要がある。

例えば、(1)グローバルビジネスをリードする変革人材の育成については、施策が多く内容も充実している。2026年度までに、グローバルリーダー人材のプールを10倍に(グローバル・タレント・ボードによるレビュー対象を28人から300人に)したい。グループ全体でグローバルキーポジションの後継者を育成するために、研修や人財会議、オンボーディングも充実させている。ピープルマネージャーの強化や、アソシエイト全体への育成機会の提供(タレントマーケットプレイス)も、グループ各社共通の課題だ。

(2)関連では、生産オペレーション(工場新規立ち上げ、生産移管などのオペレーション強化)とGlobal Business Service(定型管理機能の統合・集約化)の取組双方において、組織体制、人材ケーパビリティ、チェンジマネジメントの強化が必要だ。(3)では、中長期計画達成に必要な能力(役割、スキル、コンピテンシー)を特定し、それに向けた採用や育成計画を作成・実行する。とくにデジタル人材の獲得・育成は急務だ。

(4)では全アソシエイトが新しいことに挑戦し、積極的に学習、成長する環境作りを実施。(5)では多様性の現状把握を進め、DE&Iフィロソフィーを制定し浸透を図り、インクルーシブリーダーシップを推進している。(6)では「良い仕事を認め合う文化=リコグニション」によってエンゲージメントを高めるべく、上手くいっている組織の事例からの学びを進めている。(7)は、社員のエンゲージメントの向上や組織活性化といった要素にも着目し、やりがいをもって生き生きと働ける職場の実現を目指すもの。

(1)~(7)で、有意義な仕事と経営に対する信頼+快適な職場環境+支援的なマネジメント⇒成長機会があり、DE&Iが根付き、心理的安全性を感じ、良い仕事が認められる組織文化⇒アソシエイトの高いエンゲージメント⇒テルモの持続的成長、という流れを作りたい。

エンプロイヤーブランディング(採用力の強化、リテンション・エンゲージメント向上がGOAL)/人的資本開示・KPI設定/人事部門体制の強化/日本における人事制度・役員制度の改定、も行っている。

 

経営課題はすなわち人の課題だ。人的資本経営とは、「人」を経営の中心に据えて価値創造すること+「人」に投資すること。それが企業価値の向上につながる。新しい世代、新しい働き方への変化の波に乗り遅れないようにしたい。


■課題解決講演(2)

アジア・日本初!ISO30414認証取得までの道のりから見えた

「人的資本経営」の実現に必要な3つのステップとは

 

株式会社リンクアンドモチベーション

マネジャー

山中 麻衣氏

2009年入社。大手企業向け組織人事コンサルティングを経験した後、ブランド・マーケティングコンサルティング担当として企業の商品サービスのリブランディングに従事。また、グループ全体の経営企画に携わり、M&Aや経営統合後の子会社の経営管理の体制構築を経験。その後、国内最大級のデータベースを持つ組織改善クラウドサービス「モチベーションクラウド」のマーケティング責任者として、立ち上げ当初からの拡大を牽引。現在は、上記の経験を活かし、新サービスの事業企画、経営企画を担当。

リンクアンドモチベーションは日本・アジアで初めて、世界で5番目に、人的資本に関する情報開示のガイドラインである「ISO 30414」の認証を2022年に取得した。

また、当社の組織改善クラウドサービスの「モチベーションクラウド」は、従業員エンゲージメント市場において、5年連続売上シェアNo.1である。

◎「人的資本経営」の重要性と実践のポイント

商品市場・労働市場・資本市場の3つの変化により、「労働市場適応」の重要度や難易度が高まり、「人的資本経営」に取り組むことが求められている。商品市場(対顧客・対消費者)はソフト化し、労働市場(対労働者・応募者)は流動化し、資本市場(対投資家)は無形化している。

人的資本経営は近年「理解⇒共感⇒実践」と、そのフェーズが変化してきた。2022年からは人的資本経営の実践を求め、情報開示が義務化された。23年、企業は人的資本情報の「開示」に取り組む必要があり、自社の人的資本への取組がどのような成果につながっているかを示すアウトプット指標を設定する必要もある(一例は“ROE逆ツリー”設計図)。

そして、企業と従業員の相互理解・相思相愛度合い=会社への愛着や仕事への情熱の度合いである「従業員エンゲージメント」は、企業と従業員の関係性を示す重要なアウトプット指標として、グローバルスタンダードとなっている。

エンゲージメントを左右する要因 “4P”は、Philosophy(目的の魅力)/Profession(活動の魅力)/People(組織の魅力)/Privilege(待遇の魅力)、である。これらの訴求や浸透が上手くいき従業員エンゲージメントが向上すると、労働生産性/営業利益率/顧客満足度/株価などが向上し、退職率も低下する。

◎「従業員エンゲージメント」を起点とした人的資本経営実践の3ステップ

結論から述べると、人的資本経営の実現に向けては、「診断」⇒「変革」⇒「公表」のサイクルを回すことが大切だ。義務化の流れが来ているので、開示・公表から発生するのが現在は好適かもしれない。

 

「診断」のポイントは“自社らしい目指す姿”を定め、“ものさし”として従業員エンゲージメントを用いること。意義が明確に分かり、従業員の働きがいにつながっているのが望ましい状態だが、事業特性や経営特性に応じて組織として高めるべき特性は変わる。先述した“4P”になぞらえて言えば、ディズニーは「幸せにあふれる社会をつくりたい」といったPhilosophy(理念・方針)を、マッキンゼーは「グローバルな企業を、変革する仕事がしたい」のようなProfession(活動・成長)をこだわり、強みとしていると私は考える。

サーベイで、従業員エンゲージメントを可視化・数値化し、目指す姿と現状の差分を正しく把握することが必要だ。実際に当社(リンクアンドモチベーション)では、グループ全社のエンゲージメント状態を可視化し、経営指標の一つとしている。

「変革」のポイントは、組織の状況や社員の感情を捉え、施策に落とし込むこと。エンゲージメント状態によって組織の打ち手は異なる。態度変容を促すためには、Unfreeze(解凍)=相互不信を解く・期待感を醸成する⇒Change(変化)=共感を引き出す・納得感を醸成する⇒Refreeze(再凍結)=仕組み化する・変化を実感させる、の3ステップを踏む。

「公表」においては、現状の数字(=過去の結果)だけでなく、未来の戦略(=実現するストーリー)を伝えることがポイント。繰り返すが、大手企業を対象に人的資本開示が義務化されるなど、人的資本の指標の開示は企業にとって「当たり前」になってきている。人的資本に関する一貫した、課題・背景・未来も含めたストーリーを伝えることが肝要だ。


■課題解決講演(3)

USトレンドから紐解く人的資本経営とタレントアクイジション

 

株式会社TalentX

代表取締役社長

鈴木 貴史氏

新卒にてインテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社の後、2014年に1億円の社内資金調達の元、リファラル採用の概念を提唱しMyReferを創業。15年、グループ歴代最年少にてコーポレートベンチャーを立ち上げ、転職サイトや人材紹介に変わる新たなHRTechサービス『MyRefer』をリリース。18年、更なる事業拡大を目指し、U-NEXT宇野氏などの支援を受け総額3.6億円の第三者割当増資を実施し、サイバーエージェント以来となるインテリジェンスからのMBOスピンアウトを実現。株式会社MyReferの代表取締役社長 CEOに就任。23年2月より「株式会社TalentX」へ社名変更。

人と組織のポテンシャルを解放する社会の創造」をパーパスに、「未来のインフラを創出し、HRの歴史を塗り替える」をビジョンに掲げるTalentX。HR Teckサービス“Myシリーズ”の企画開発運営事業を展開している。Myシリーズは、“Recruiting is Marketing.”という標語・世界観のもと、Myシリーズを通じて会社とつながる全員をファン化し、持続可能なマーケティングを支援する。

人的資本とは、従業員のスキルや能力、知識など、人に付随する能力を企業の「資本」とする考え方。人材を「資源」として人件費(人材費)を消費する時代から、人材に「投資」することで「無形資本」の一つとしての価値が高まる時代になった。人材への投資がどの程度利益(Return)を生み出しているのかを計測しながら経営をすることが、人的資本経営のベースだ。

2023年3月期の有価証券報告書から上場企業に義務化された情報開示項目(候補)や、ISO 30414の11領域いずれにも「採用(移動、離職)」が含まれている。人的資本経営における採用の役割はギャップ把握/投資判断/自社採用力強化(持続可能性)の3つだ。

 

◎人的資本経営時代に必要な「タレントアクイジション」/これからの採用活動

アメリカを始めとする海外では、採用=タレントアクイジション(才能・人材の“獲得”)。自社のビジネスを前進させる人材を中長期に渡って獲得する活動だ。候補者のタレントプールを作成・活用するなどして、採用のROI(投資効率)を高めること、獲得から入社後の価値までを見越した一気通貫の採用戦略が必要である。

Recruiting is Marketing. 潜在層からの採用マーケティングが企業の競争力になる時代。少子高齢化による採用候補者人口の減少や、インターネット・ソーシャルの発達による情報の過剰流通を意識し、採用活動も変革していかなければならない。

従来の採用は、人材ニーズが発生してから開始する、リアクティブで遅いルーティン活動の繰り返しであった。これからは“why”の必要性/多様なタッチポイント/関係を持ち続ける必要性、を重視し、広くつながり続けるコミュニティを生成していかなければならない。特にZ世代は、個人の存在意義や働く意義を大切にし個人と会社の接合点を意識する“Why世代”である。

雇用の流動性が増す昨今、優秀なタレントには数多くの選択肢がある。企業は、最高のタレントにとっての選択肢であり続けるため、将来の候補者と関係性を良好に保ち続けるために“採用マーケティング”を実施していく必要がある。プロアクティブ/ブランド・ドリブン/データ・ドリブン、でありたい(Airbnbやレッドブルの事例紹介あり)。

 

◎採用マーケターの役割と求められるスキル

海外では当たり前となっている採用マーケティング専任担当が、必要とする領域の支援をメインに企業の採用変革を実現する。採用マーケターは、採用の直接的責任を負わない代わりに、潜在層にリーチできる多様なチャネルを駆使し企業のブランドストーリーを伝えることで採用担当者を補完する。

採用マーケティング開始にあたっての要諦は以下の4つ。(1)ターゲット候補者をアトラクト※できているか? (2)サイト来訪者を候補者に転換させられているか? (3)自社のコアストーリーを魅力的に語るコンテンツを用意できているか? (4)リクルーティングCRMの導入。※興味喚起。応募者に「魅力的な社風だ」「興味深い仕事(会社)だ」「共に働きたい」などと思わせること

タレントアクイジションが実行できると、採用が企業の競争力になり、持続可能にファンが増える会社になる。企業ブランドに共感した直接応募者が自然と増え、他社とのバッティングが避けられ採用コストが圧縮でき、内部人材のキャリア開発にもつながる。リファラル採用を導入・活性化するツール「My Refer」、候補者リストを資産に変え、他社とバッティングしない応募を増やす採用MAツール「My Talent」(デモ画像あり)などを活用していただければ幸いだ。


■特別講演(2)

人的資本経営の本質-結果を出す人材、組織の習慣

~ やろうと思ったら“1秒後”に始めよう ~

 

脳科学者

ソニーコンピュータサイエンス研究所 上級研究員

茂木 健一郎氏

脳科学者。1962年10月20日、東京生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。東京大学大学院客員教授。屋久島おおぞら高校校長。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了、理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、現職。脳活動からの意識の起源の究明に取り組む。2005年、『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。09年、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。

かつて、世の中の変化の速さを表現する「ドッグイヤー/マウスイヤー」という言葉があった。変化の方向性が分かっていた頃の例えだが、最近の世の中の変化は軸足を中心に回転する「ピボット」というメタファーが適切かもしれない。グーグル/マイクロソフトの検索エンジン、AI(人工知能)の進化が端的な例だが、変化・進化が激しすぎ、半年後いや一週間後にこの分野や世の中がどうなっているかの予想すらなかなかできない状況である。

こういう時代には、人材の流動的活用が必須になってくる。それが日本企業復活の鍵でもあると考える。例えば、歌が下手でメロディーの取れないラッパーや、絵が上手ではないアニメ監督はいる。しかしそうした人でもラップや、キャラクター・コンセプト設定には抜群の能力を発揮する。人間(の脳)は、ピンポイントで特別に優れた能力を発揮し良い仕事・成果を出すことができる。ビジネス環境がどんどん変わっていく中での企業の中での人材登用にあたっては、個性の組み合わせについての卓越した視点がないと難しい。

人工知能の進化の速度は、われわれ専門家でも予想がつかないほど速い。ビジネス環境においても“ずっと安定している”ところはない。「ピボット」することが個々の人材としても重要になる。例えば、エンジニアが営業でものすごい能力を発揮することがあるかもしれない。なお、写真やイラストの世界は、すでに人工知能により大変な状況・時代になっている。

シンギュラリティー」の定義は、映画『2001年宇宙の旅』のHALコンピューターのコンセプトを作ったI.J.グッド氏の論文内にある。「人工知能が人間から独立して勝手に改良を始める。自分で自分を改良できる人工知能ができたら、それは人間が行う最後の発明である。なぜならそれ以降は人間は何もやることがないから」という趣旨のことが論文に書いてある。

人工知能関連がオカネ、ビジネスになることが分かり、例えば今年のダボス会議では、昨年のNFTやウエブ3.0などに代わり「ジェネレーティブAI※」の話題一色だった。大量のオカネと才能がそこに流れ込んでいる。医学部ではなくデータサイエンス系を目指すトップクラスの学生も増えている。
※生成系AI。学習した大量のデータを使用し、与えられた指示に沿った全く新しいコンテンツを作成する技術

ただし、ピボットの時代なので1年後の予想はつかない。ハリケーンなどの自然現象と同じで人間はコントロール・予測できず、シンギュラリティーが実現している状況になっている可能性さえある。イーロン・マスクでさえオープンAIの将来をコントロールできなかった。自分以外の人が何をやっているかが把握できない状況だ。

 

過去の記憶を引き出し総合しての未来予測が出来ず、予測のリードタイムが短くなっている。こういうときに人間の脳は何をするか。未来予測に使われる側頭(葉)連合野の働きだけでは足りなくなり、前頭葉にある、何かが起こったときにアラートを出しパッと切り替えてピボットする能力が求められている。朝令暮改は今や恥ずべきことではない。

企業経営において、抽象的な、変わらない価値であるパーパスは大切だ。しかし、具体的にどのようなテクノロジーをどのように使ってビジネスをするか、といったことについてはどんどんピボットしていい。自動車メーカーのハイブリッド、電気自動車戦略然りである。

きわめてエキサイティングだが、学習カーブがきわめて大きい時代。ヒューマンリソース・マネジメントで言うと、同じ仕事をずっとやる、ということはもはや意味がない。事業ポートフォリオも自身の仕事も、さまざまな要素を持ちたい。行く先にあるパーパスに向かってまっしぐらに直線で行く、ということはもはやないと理解すべきだ。

Collective Intelligence=集団的知能」という概念が注目されている。異なる人が集い、いかにチームとしてパフォーマンスを高めるか。その3つの要諦は(1)Social Sensitivity=社会的感受性(チームメンバーがお互いに感じていることをどれだけ汲み取れるか) (2)Turn Taking=話者交代(会議のときになるべく多くの人が交代で話す雰囲気作り) (3)Gender Equality=多様性保持(女性の比率が高い組織のほうがパフォーマンスが高い)。今後のビジネス環境を考える上で大切なことである。

一寸先さえもわからない。闇かもしれないし明るいかもしれない。ドッグイヤー、マウスイヤーの時代ではなくピボットの時代。仕事のやり方も変わる。それを楽しめるようなマインドセットを持つことが大切だ。組織の中にいる個人の「一番いいところ」をどうアイデンティファイしていくか、という意識を持たないとヒューマンリソースの管理はできない。

ピボットや学びに、悦びをもって向き合ってほしい。意外なことや今までできなかったことができると、中脳から前頭葉に向かってドーパミンが噴出し、そうした小さな成功が大きな飛躍につながる。それぞれのビジネスパーソンや組織が輝くようになる。「変化だけが唯一確実なこと」である時代を共に楽しんでいけたらと思う。

 

2023年3月22日(水) オンラインLIVE配信

source : 文藝春秋 メディア事業局