死後の世界

日本再生 第42回

立花 隆 ジャーナリスト
ビジネス 社会 サイエンス

 最近、困ったものだと思っていることが二つある。一つは、夏休みで田舎からやってきた孫から、「ホラ、おじいちゃんに会ったら聞きたかったことがあったでしょ」と親にけしかけられて、「お化けって、ホントにいるの?」と質問を受けたことだ。聞けば、東京キー局のある番組で、本当にお化けの姿が少しぼんやりとだが、映し出されたという。「お化けなんてない。絶対にない」と即座に強く否定したものの、孫の二人(一年生と四年生)は、テレビでほんとにお化けの映像を見たと思いこみ、私の言葉より、テレビを信じているようだった。そこでこう付け加えた。「テレビは放送法という法律にしばられていて、真実でないことを世に伝えることは禁止されている。そんなことをしたら、BPOという組織から訂正放送命令が出る」

 この説明は小学生にむずかしすぎたか、二人はお化けの存在を信じたままだった。昨年まで、私はBPOの委員をしていたから、当時なら、そんなバカげた番組が許されるはずもないことを知っているが、あるいはその辺のチェック機能が弱体化したのかも。

 もう一つ困ったことだと思うのは、最近、何度も新聞に大きな広告を出して、“続々重版二十万部突破!”などと売りまくっている、『おかげさまで生きる』という東大医学部附属病院の救急部・集中治療部長たる矢作直樹氏が書いた本だ。この人は二〇一一年、『人は死なない』などという常識に反する仰天タイトルの本を出版し、これが大いに売れたらしい。それがちょっとこむずかしい部分があったことを反省してか、ページを大幅に減らし行を減らし、内容量およそ数分の一にして、誰でも読めるやさしい文章にして、世の中にこれほど中身がスカスカの本がありうるのかと然とするほど内容がない本を作った。「救急医療の第一線でたどりついた、『死後の世界はある』という確信」の広告コピーで売りまくっている本だ。

 本の中身は羊頭狗肉もいいところだ。「人は死なない」の結論部分はこうだ。「寿命が来れば肉体は朽ちる、という意味で、『人は死ぬ』が、霊魂は生き続ける、という意味で『人は死なない』」

 要するに、人間を肉体と霊魂に分けて、肉体は死ぬが、「霊魂は生きる」という昔ながらの心身二元論に立って人は死なないといっているだけ。さらに霊魂不滅の実証として、さる霊媒を通して死んだ母親と語り合ったという話が出てきたりする。総じて文章は低レベルで「この人ほんとに東大の教授なの?」と耳を疑うような非科学的な話(たとえば、百年以上前にヨーロッパで流行った霊媒がどうしたこうしたといった今では誰も信じない話)が随所に出てくる。これは東大の恥としかいいようがない本だ。

 昨年暮から制作にかかっていたNHKスペシャルの「臨死体験 死ぬとき心はどうなるのか」が完成に近づき、私自身のナレーション入れが先日行われた。一行一行内容を再検討しながら午後一時から八時間以上かかり、終ったときはクタクタだった。

 これは一九九一年にやはりNスペで作った「臨死体験」の続のような作品である。あの「臨死体験」では、作ったあとに内容的にかなり不満を残したので、その不満を補うべく、「文藝春秋」で長い長い連載を行った(通算二年八カ月に及んだ)。それは結果として二冊の単行本になり、いまも文春文庫におさまっている。それを書くことで私はある程度満足したが、充分満足したかと問われれば、そうでもない。臨死体験はそもそも何なのかというかんじんのところに明確な答えを出すことができなかったからだ。臨死体験とはそもそも何なのかという問いに対しては、大きくわけて、二つの根本的に異なる立場がある。一つは、体験者が自分自身の確かな体験として語るすべての特異にして異常な体験(たとえば体外離脱)は、体験者が死にする状況の中で活動不全に陥った脳が見た一種の幻覚であって、リアルな体験ではまったくない、とする立場である。それに対して、もう一つの立場は、それは幻覚ではなく、ある意味でリアルに起きた事象そのものであって、そのような事象が起きたということは、死後の世界が存在する証拠と考える立場。あるいはこの世の実体が完全物理世界ではなく、半スピリチュアルな(霊的な)世界であることの証明と考える立場だ。この世界は、すべてが即物的な物理現象として存在するのではなく、半分以上が、物理世界を離れたスピリチュアルな現象世界としてあると考える。人間はその両方の世界を往復し認識できる能力を持っているという立場に立つと、それなりにこの説も合理化できる。世界の構造とその認識に関して世の常識とはちょっとズレた世界認識、人間認識の世界に入りこんでしまうわけだが、アメリカの場合は、この認識がキリスト教信仰と重なりあい、スピリチュアルな存在との出会いが、神ないし、イエス・キリストとの出会いに翻訳されるので一般的理解となる。九一年のNスペでは、取材対象に、日本国内の他世界各地の体験者を選んだ。体験者が生まれ育った文化圏におけるスピリチュアル世界の要素を取り入れると、基本的に似たような認識が成立していることが示せた。それによって臨死体験のエッセンスは、カルチャーの域を超えて成立するということが示せたが、そこまでだった。もう一段階科学的説明を深めることができず、最後まであいまいさを残して終った。

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source : 文藝春秋 2014年10月号

genre : ビジネス 社会 サイエンス