カナダの実業家キングスレイ・ウォード(1932〜2014年)が、息子にあてた20年間にわたる手紙をまとめた本である。『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』というタイトルは、本書の内容から少しずれている。ウォードは、自らが作り上げた大企業をいかにして息子に継承させるかを考え、17歳で大学進路に悩む息子に手紙を書き始め、それは息子が後継社長になるまでの約20年間にわたって続けられた。内容からするならば、「経営帝王学をめぐる30通の手紙」とした方が正確と思う。もっとも企業経営者になることはない人にとっても、人生で役に立つ知識、対人関係術などが満載されているので有益だ。
まず、ウォードは大学生時代の息子に制度化された教育の重要性を強調する。〈正式な学校教育の枠内では、知的好奇心をもって授業にのぞむことが大切である。知識欲があれば、学習が楽しくなる。君の仲間の学生のなかには、教師や教育制度について不平を鳴らすことに忙しく、肝心の勉強に手がまわらない者が多い。制度は私の学生時代以来三十年間変わっていないし、おそらく今後の三十年間にも大きな変化はないだろう。(ほとんどの教育者も変わらない)。だから制度に不満を言うよりも、制度を巧みにだし抜いてやるといい!〉。経営者になった場合、「型破り」の発想や行動が必要とされる。型破りとは、単なるでたらめとは異なり、型を知った上で、その枠の外に飛び出すことだ。
大学卒業後、息子は父の会社に入社する。典型的な縁故採用だ。こういう採用が競争社会の原理原則に合致するかどうかという問題について、ウォードは一切触れずに、社会人としての心構えについて記す。
〈偉大な著述家ジョン・ラスキンは十九世紀に書いた。
仕事に喜びを見出すためには、三つのことが必要である。適性がなければならない。やりすぎてはいけない。そして、達成感がなければならない。
君の受けたしっかりした教育と実業界に入りたいという気持は、当社の仕事に対する適性とみなされる。君の過去二十五年間を見てきた私は、観察の結果、君がやり過ぎることはあまり心配しない。したがって、君が仕事に喜びを見出すかどうかは、ひとえに君の個人的な達成感にかかっている。〉
「適性」「やりすぎない」「達成感」を心構えとした時点で、ウォードは、息子には他の社員とは別の帝王学を授けている。通常の新入社員は「少しやり過ぎと言われても、業績をあげろ。社会人は結果だけで評価される」と指導されるからだ。社長の息子なので、他の社員から注目されている。そのような状況で、やり過ぎて、周囲と軋轢を起こすと、息子の将来のキャリアに傷がつくことを父は恐れているのだ。
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source : 文藝春秋 2014年11月号