歪められた敗戦の歴史

日本再生 第46回

立花 隆 ジャーナリスト
ニュース 社会 歴史

 ひさびさに福岡に行く所用があったので、かねて行きたいと思っていた太宰府の九州国立博物館を訪れてきた。むろん太宰府に行くのははじめてではない。これまでに二度か三度は行っている。太宰府に行くというとき、人によって太宰府天満宮(天神さま)を意味する場合もあれば、太宰府の史跡(政庁跡、都府楼跡)を意味する場合もある。私が関心があるのはもっぱら史跡のほうだ。はじめて政庁跡の史跡を見たとき、草ぼうぼうの広大な空き地に巨大な礎石がゴロンゴロンと無言でころがっているさまが(五十年も前だからその辺一帯何の整備もなされていなかった)なんとも感動的だった。

 あのときあそこで感じたことは、「太宰府っていったい何だったの?」という単純な疑問だった。太宰府はいろんな要素がミックスしすぎていて、ワケワカラン(、、、、、、)状態におちいっていたのだ。それが今回九州国立博物館を訪れることで、はじめてスッキリした。

 この九州国立博物館、できたのは十年前だが、最初の発案者は明治時代の東洋美術の泰斗、「アジアは一つなり」で有名な岡倉天心だった。天心は美術史家だが、同時に日本の博物館の父でもあった。その天心が東京・京都・奈良の三つの国立博物館に次ぐ博物館として、九州国立博物館を作り、日本史をアジアとの交流の流れの中において見つめ直すことを早くも明治三十年代に提唱していた。いま九州国立博物館を訪ねると、彼の夢がほぼ叶ったのかなという思いがする。

 九州国立博物館をゆっくり見てまわると、それ以上のものという思いがしてきた。岡倉天心以降に日本の歴史学、考古学は飛躍的な進歩をとげており、天心がまるで知らなかったような事実が次々に発掘発見されている。博物館の展示にはその最新のものが反映しており、ちょっと古い歴史学しか知らない人には、え、そうだったのか、と思わせるものが随所にある。

 面白いのは、入ってすぐの別室にある「邪馬台国への道」。邪馬台国はどこかをめぐって江戸時代以来、侃侃諤諤の議論が続いてきた。大きく分けると九州説と畿内説に分かれるが、異説はさらに幾通りにもわかれる。その部屋では、魏志倭人伝の原文を数行ずつ大きく表示して、そこにかかわる異説のさまざまを図解と参考資料(異説の根拠)入りで、詳しく解説しておりわかりやすい。その隣室には九州最大級の前方後円墳、岩戸山古墳と磐井の乱の展示がある。大和朝廷への最初の反逆者だが地元では人望があり、新羅へも通じていたという国際性が九州らしい。

 ミュージアム・ショップにいったら、展示関連の小冊子や書籍が沢山ならんでいたので、ドサッと購入して、徹夜で読みふけった。歴史の見方がかなり変った。我々の世代が中学高校で教えられてきた日本史のかなりの部分が、いまや怪しいものになってきていると知った。我々の世代は、戦後民主主義教育の一期生みたいなものだから、それ以前の戦争時代の皇民教育全否定の上に歴史教育が成り立っていた。否定すべき歴史教育があったことも事実だが、否定しすぎて逆に歴史をゆがめた部分もあったと思う。早い話、私の世代は、日本神話完全否定教育で育ったから、大人になってから、別の世代の日本人と話をするとき常識があまりにもズレているので困った。あるいは軍国主義完全否定教育の延長として、日本が大昔から平和愛好国家で、戦争などやったこともない国であるかのごときイメージを植え付けられたが、真実は、邪馬台国の時代から日本は戦乱と戦争の連続だった。

 そういう流れの上で起きたことだが、太宰府の何たるかを理解することがなかなかできなかった。古代国家において、太宰府には、三つの機能があった。一つは行政の拠点として、九州全体を治めること。なかでも大事だったのは、税金の取立。九州全土の租庸調のすべてをここに集め、中央に送った。もう一つの重要機能が外交で外国との交際(貿易を含む)はすべてここを通じた。遣唐使や留学僧などもここを経由した。それ以上に最重要機能としてあげられるのが、軍事機能。太宰府ができたそもそものきっかけは、日本がはじめて外国(唐・新羅の連合軍)と本格的な戦争をして、しかも完膚なきまでに打ち破られるという大敗北を喫した白村江の戦い(六六三年)にある。

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source : 文藝春秋 2015年2月号

genre : ニュース 社会 歴史