え、これでいいの? これではいくらなんでも……と思った。何が変といって、安保法制の国会審議のやり方だ。これまで日本の安全保障は九条一本やりできた。その考え方(九条の解釈には相当の幅があったが)を根本から変えることになるというのに、審議時間の総体が八十数時間しか取れていない。しかも、全体を二本に分け、一本は総論。もう一本は関連法案十本の改正案をまとめた相乗り法案。安倍首相は記者会見で、これで切れ目のない安全保障体制ができたと、さかんに自画自賛してみせたが、そんなことが自慢になるのか。切れ目のなさより大切なのはわかりやすさである。十本の相乗り法案という複雑すぎる構造を持った法案はどう頑張ってもわかりやすくなるはずがない。朝日新聞の「安保法制『議員の妻もわからなかった』」の記事は、この法案のわかりにくさを見事に表現している。
「『全然わからなかった』という話だった――。麻生太郎財務相は14日、国会議員の妻から安全保障法制について説明するように言われ、法案作成を主導した政府高官を派遣したところ、こんな反応だったことを明らかにした。/自民党麻生派の会合で明かした。麻生氏は所属議員を前に「皆さん方の奥様に『この問題で全然地元で説明できない』と言われた」ことを紹介。当初は国会議員が説明しようとしたが、都合が悪くなり、安保法制を作った専門家中の専門家の兼原信克・内閣官房副長官補が代わりに説明した。だが、反応は『全然わからなかった』だったという」
全然わからない説明しかできない専門家って、いったい何なんだと言いたい。そういう専門家が作った安保法案が果して妥当なものかどうか。
私もこの日(五月十五日)の新聞(読売、朝日、毎日、日経)が安保法制の全体像を伝えるところを各紙読みくらべてみたが、「わかりやすい」というものは一つもなかった。各紙とも、相当の紙数をさいて、あれこれと解説をつらねていたが、どれひとつとしてわかりやすいものはなかった。法案を作った官僚自身が解説しても、「全然わからなかった」といわれてしまうくらいのできあがりだからそれもムリないといえる。ここで安倍首相としては、官僚に責任を取らせて法案を作り直させるという手もあるが、その場合、安倍首相の責任も問われることになろう。政治的にむずかしい判断だ。
最近、若い人の間で、坂口安吾が再び読まれだしているという。安吾が著作権切れになって、各社無料で利用できるようになったということもあるだろうが、その独特の語り口と話術の巧みさに人気の秘密があるのだろう。
安吾は堕落論、人間論、社会論で知られるが、意外に戦争論、安全保障論が面白い。安全保障論でわかりやすいのは、『もう軍備はいらない』の次のくだりだ。
「人に無理強いされた憲法だと云うが、拙者は戦争はいたしません、というのはこの一条に限って全く世界一の憲法さ。戦争はキ印かバカがするものにきまっているのだ。四等国が超Aクラスの軍備をととのえて目の玉だけギョロつかせて威張り返って睨めまわしているのも滑稽だが、四等国が四等国なみの軍備をととのえそれで一人前の体裁がととのったつもりでいるのも同じように滑稽である」
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source : 文藝春秋 2015年7月号