神戸連続児童殺傷事件(一九九七年)の元少年A(酒鬼薔薇聖斗)が書いた回想録『絶歌』が評判を呼んでいる。これをいち早く入手した編集部から「これについて書くか?」と問われたが、私はノーと答えた。あの本に対する私の評価はゼロである。
犯行時、少年Aの書いたものには、ニーチェやダンテの引用をちりばめるなどなかなかの文章力を示す部分があったので、「知的能力は同年齢の者よりはるかに上」と評したこともあった。しかし今回、読後感を率直に述べれば、文章能力は、中学生時代よりはるかに低下している。
少年Aはどこかで誰か妙な人の影響を受けすぎたらしく、変に文学づいた訳のわからない文章があまりに多い。読んでいて不快だった。一読ナンジャコレハとあきれる文章が多く、この少年は病気が治っていないのでは(?)とすら思った。部分的には、とても素直ないい文章もあり、(特に弟たちへの真情〈すまない気持〉を吐露した部分など)この人の天稟(てんぴん)の素質をかいま見させるところもないではなかったが、全体として本を一冊丸ごと書いて人に読んでもらうレベルに達しているかといえば、ノーである。
文章力は基本的に自己を見つめる力に比例する。内省力といってもよい。もともと少年Aは、悪くない頭を持ち一般の少年以上の内省力と文章力を持っていたのに、少年院生活を続けたら、それがともに一般水準以下になってしまったのだ。なんのための少年院だったのかと言いたい。
酒鬼薔薇については、この程度の言及にとどめ、いまはむしろ、別のことを書きたい。そういいたくなるくらい、いまの日本にはさまざまな異常が起きている。
国会の混乱はさておき、ひとつは、次々に起る火山の噴火ないし、その予兆的な現象だ。しばらく前から噴煙を上げだしたところを数え上げれば、木曽の御嶽山、箱根の大涌谷、九州の口永良部島、小笠原の西之島、長野・群馬の浅間山といったところがならぶ。日本列島そのものが、世界でも珍しい四枚のプレートが合体する地点の上に築かれた火山列島で、国中いたるところに火山帯が走るという宿命を持つこの国においては、国家の歴史そのものが、噴火と噴火のすき間を縫って築かれてきたという側面を持つのだから、あまり心配しすぎるのはいけないのかもしれない。私は関東平野の育ちだから、子供時代、浅間山が噴火すると、その辺によく灰が降ったことを覚えている。浅間山の噴火で思い出すのは高等学校の国語の教科書で立原道造の『萱草(わすれぐさ)に寄す』を読まされたことだ。「ささやかな地異は そのかたみに/灰を降らした この村に ひとしきり(略)いかな日にみねに灰の煙の立ち初(そ)めたか/火の山の物語と……また幾夜さかは 果して夢に/その夜習つたエリーザベトの物語を織つた」
この詩で私はいっぺんに立原道造のファンになった。浅間山が降らせる迷惑千万な火山灰と胸の中の恋心の火を結びつけて、こんなロマンチックな詩を作る男もいるのかと感心した。大学に入学すると、文学研究会に入り、はじめての夏休みに友人と徒歩旅行で浅間山が見えるところまで行った。立原が泊っていたという信濃追分の宿屋に泊り、翌日はさらに足をのばして長野原まで行った。具体的には浅間山の天明三年の大噴火で押し出された巨大なマグマ塊が固まってできた鬼押出しまでだ。今回の浅間山の小噴火で灰が降ったのも、やはり鬼押出し付近だったという。
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source : 文藝春秋 2015年8月号