2016年の米大統領選挙の最大の負け犬は、トランプでもなければ共和党でもなかった。
それは自由貿易だった。
共和党のドナルド・トランプ候補だけでなく民主党のヒラリー・クリントン候補もTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に反対の立場を表明した。戦後の米国の大統領選挙で、民主、共和の両政党の大統領候補がそろって保護主義的主張を掲げたのは1930年代の大不況以来のことであろう。
米国社会の奥深いところで何かが変わりつつある。国民の間に、自分たちは誰からも守られていない、自分のことを誰も代表してくれていない、という疎外感が強まっている。外国製品の輸入によって雇用が奪われていく、自分たちの生活は世界の荒波にむき出しに曝されている、という不安感が募っている。
選挙中、民主党の有力者のメールが大量にハッキングされ、ウィキリークスで暴露された。その一つがTPPに対してクリントンがどう臨むべきかをめぐる側近たちのメールのやりとり(2016年10月3日付)だった。
メディア担当「彼女はTPP賛成の立場を変えちゃダメだ。反対となれば変節したとやられる。大統領になればTPPをもっとよいものに変えると言えばいいのだ。しかし、支持だけは明確にしておくべきだ」
外交担当「同感だ。しかし、まったく別のことを強く主張する人々もいるのでねえ……」
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source : 文藝春秋 2016年12月号