ドラマ『VIVANT』の撮影でモンゴルに2ヶ月滞在した。
5月3日にモンゴル入りし、半月ほど北部で撮影。ひと月かけて、南下しながらゴビ砂漠の各所をめぐり、6月中旬ウランバートルもどり。2週間、首都周辺でロケをおこない、7月1日帰国した。
モンゴルは、むかしから大すきな国だ。司馬遼太郎のエッセイや小説で、あこがれをつのらせ、20年前にはひとり旅をしたこともある。もっとも、このときはモンゴルの食事があわなかったようで、体調をくずしてしまった。1週間の旅程のほとんどを、ホテルの部屋やゲル(遊牧民のテント)にとじこもり、読書ばかりしてすごした。ところが今回は、体調もよく、毎日の食事がたのしみでしかたなかった。約10名の調理スタッフのおかげである。
撮影隊は200名。日本人とモンゴル人が半々だ。朝は、おにぎりか、モンゴル揚げパンの二択。昼と夜は、炊きたての白米に、おかずと、スープ。メインは鶏、豚、牛、羊のローテーションだ。羊が続くと日本スタッフがお腹をこわし、鶏や豚ばかりだとモンゴルスタッフの元気がなくなる。メニュー選びも大変だ。
20年まえ苦手だった羊肉は、まったく平気だった。乳製品も、チーズ、バター、ヨーグルト、生乳、種類も豊富で味も濃厚だ。スーパーでうっているミルクをいれるだけで、たとえそれがインスタントコーヒーでも、生命が吹きこまれたみたいに、おいしくなるのだ。特に気にいったのが「アーロール」という乾燥チーズだ。脱脂乳を発酵させたもので、コクと、独特の酸っぱさがクセになる。腹もちもよく、食事時間がおそくなっても苦にならない。僕はいつもカバンにいれて、もちあるいていた。
モンゴルの食材は、肉も乳製品も、わずかに、いきものの匂いがする。動物をなでたあとの手のような、ほんのりしたケモノくささ。けれども慣れてしまえば、それも「ああ生き物をいただいているなあ」と、魅力のひとつに感じられるから不思議なものだ。正直にいえば、帰国したいま、僕には日本の肉が少々ものたりない。あらいすぎて磯の香りがとんでしまった海産物のような、パンチのなさを感じてしまう。
においが気にならないのは、多分モンゴルの湿度も関係している。おかしな連想だが、トイレもそうだ。草原や砂漠のトイレは、穴をほって板をわたしただけのワイルドなものがおおく、20年まえは衝撃をうけた。だがそのうち、それほど不潔に感じなくなる。むしろ都市部の水洗のほうが、砂塵のせいかすぐに詰まり、こまったくらいだ。カラリとした空気が、だしたものを乾燥させて「僕らもいきものなんだから、まあ、しょうがない」くらいの気分にさせてくれる。
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