『ブラック・ジャック』とAI

手塚 眞 ヴィジュアリスト
エンタメ テクノロジー 読書 アート

「AIを使って『ブラック・ジャック』の新作マンガを作る」というとんでもないプロジェクトを行いました。計ったわけではありませんが「AI」の話題が社会を席巻したタイミングなので、大いにメディアに取り上げられました。お𠮟りやら、嘲笑やら、恐れやら、様々な反応があったことでしょう。ただこれはあくまでAIを使った実験。そういう意味で結果も反応も概ね想定内でした。予想外だったのは「ひさしぶりに雑誌で『ブラック・ジャック』が読めて良かった」という回顧的な感想が多かったこと。雑誌に載せたのは実験の副産物ではありますが、喜んでいただけたのは良かった。

 AIを使って作ると言っても、AIが勝手にマンガを読んで学習して、サラサラとマンガを描くわけではありません。たくさんの人間の手でマンガをデータ化して、それをAIに学習させて、出てきた筋書きをもとに専門家がマンガを組み立てます。多くの「人間の手」がそこには必要でした。マンガはシンプルに見えて情報量が多いので、簡単にデータ化できて学習できるものではないのです。そんなマンガをすらすらと読んで楽しんでいる人間の脳は、やはり凄いと言えますね。

「AIに人間的な創作をやらせるなんてけしからん」という意見もあるかもしれませんが、ぼくの見解では人間誰しも創造力に富んでいるとは言い難い。手塚治虫のように優れた物語やアイデアを次から次へと生み出せる人はほとんどいません。AIの生み出す物語が優れているかどうかは別として、少なくともアイデアはいくらでも生み出せる。しかも早い。量産とスピード、これはエンターテイメント産業の力強い味方になってくれるかもしれません。手塚治虫ほどの実力はないにしても、ズブの素人よりはずっといいかもしれません。でも心配ご無用。これで失業する方はさほどおりません。むしろ「人手」がさらに必要になるのですから。

 現在のAIは「感情」や「感性」のようにデータ化しにくいものはうまく学習できないので、どうにも感情が単純な物語しか生み出せません。ただその解決も時間の問題かもしれず、あっという間にAIは創作の世界に浸透して、特別なものではなくなるでしょう。メールやインターネットがそうであったように。

手塚眞氏

 ぼくは「ヴィジュアリスト」などという奇妙な肩書きを使っているせいか、昔から新しいメディアが出る毎に仕事が舞い込んできました。コンピューター・グラフィックス(CG)、コンピューターゲーム、パソコンソフト、ハイビジョン、衛星放送、デジタル映像、配信プラットホーム……。最先端といえば聞こえはいいですが、誰も慣れていない頃は試行錯誤の連続で、時間やら手間やら余計な苦労ばかり。40年くらい前に日本初のCG専門会社にいましたが、当時は1秒のCG映像を作り出すのに部屋いっぱいの巨大コンピューターが必要で、しかも計算に1週間くらいかかりました。パソコンはまだ16ビットの時代に、少ない色数できれいな画像を見せるために四苦八苦しました。それが今や小さなパソコンでも美しい画像がすぐできてしまう。ハイビジョンも世に出てすぐに使った(当時は「高品位テレビ」と言われていた)のですが、撮影には中継車が必要で、数キロはある大きなカメラをケーブルで繋いでいました。車が入れない山の上での撮影では麓から300メートルもケーブルを延ばしてカメラを据えました。今は手の平に載るスマホでも4K映像が撮れて、データはすぐクラウドに保存できてしまう。当時を思えば信じられません。あの苦労は何だったのかと溜め息が出ますが、誰かが最初に苦労しないと続かなかったのだと自分を慰めています。恐らくAIも同じことでしょう。

 ただ、AIがそれまでのメディアと大きく違うのは、「人間的」に見えるということです。人間のような言葉を使い、あたかも感情があるように反応する。実際は知能も感情もない、物真似の巧みなプログラムに過ぎないのですが。万物に「魂」を感じてきた日本人にとっては、未来の新たな「友人」になるのかもしれません。

「人間とは何か」「命とは何か」というのは人間にとっての普遍的なテーマですが、AIの登場はそうした疑問を改めて考えさせます。そういう意味で『ブラック・ジャック』の創作にAIを使ったというのは示唆的だったのかもしれませんね。

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source : 文藝春秋 2024年4月号

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