10億人の胸中に迫る
NHK BSで放送される現代中国のドキュメンタリーはついつい見てしまう。
過熱する受験競争、内陸部の都市のバブル的高層化、村で行なわれる選挙なるもの──謎の隣国のさらに謎多き人民大衆は何を考えて、生きているのか。『中国農村の現在』は、それらの謎に答えてくれる。良質な現代中国論であり、農村と農民の素顔が見える滞在記でもある。
農村社会学者である著者は、北京郊外、山東省、河南省、雲南省など中国各地の農村に出かけ、日本人研究者という身分は明かさずに、農村世界を調査する。導き手はその地の出身者である中国人学生で、著者は散歩と共食と住み込みを武器に、農民の胸中に思いを馳せる。
「農業戸籍」というレッテルのついた彼ら二流人民は、普通では我々の視界に入ってこない。爆買いで来日するわけでもないし、反体制運動に立ち上がっている気配もない。共産党支配に飼い慣らされているのか。不満は鬱積しているのか。皆目、見当もつかない。人口14億人のうちの10億人を占める彼らの「希望」とは何なのか。
農村から都市への出稼ぎを著者は「家族経済戦略」と名づける。1980年代に農地が均等に配分され、親世代は最低限の生存を確保できるようになる。余剰労働力となった子世代は安心して出稼ぎに行き、より多くの収入を得ることを競い合う。農民世帯の現金収入が増えると、家屋の新築や孫世代の教育へと廻される。「よりよい教育環境を求めて都市部でマンションを購入」したり、3階建て、4階建ての自宅を建てる。なぜ4階建てかといえば、そこには中国人特有の「面子(メンツ)」がからむ。内装工事は後廻しにしても、まずは高さを欲する。同じ集落の家屋と競うためだ(北方の農村では冬の寒さがきついので暖房効率第一で、こんな競争は起きない)。
「県城」という地方都市で農民を食い止める、というのが中央政府の農民対策でもあるという。大都市とは切り離し、県城に若い農民たちを引き寄せ、その「まったり」とした人情社会に浸らせることで、現状を肯定させようとする。統治の秘密をそこに見ている。習近平政権となって自由は狭まり、調査は不可能となった。著者はもう6年も前から中国農村調査を諦めている。
「調査」という中国語には、「諜報」というニュアンスがあり、言葉としては好ましくないという。戦前の日本は中国農村慣行調査、中国抗戦力調査などに力を入れていた。その業績は価値が高いが、果して「調査」と銘打って良かったのか。
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