こどもの教育にまつわるエッセイを依頼されたのだが、自分はべつに教育者でもなければ、我が子を東大理Ⅲに合格させた経験もない、ただの高卒である。
北の大地でのびのび育ち、因数分解もわからず三島由紀夫を読んだこともなかったキッズがそのまま小説家となり、世間からちやほやされ、ユーチューバー以上に好きなことだけやって生きていけるようになった。それが僕だ。
月日は流れ、今や僕も40代。世間の荒波に揉まれて己の分際を知り、人生がちょろくないことも知り、やがて家庭を築き、こどもが生まれた。そんなこどもが小学生になってまもなく、ついにその日がやってきた。「パパ、宿題おしえて」とプリントを持ってきたのだ。もちろん僕はぎょっとした。
ちっとも勉強してこなかった僕に、なにを教えられるというんだ?
いやその前に……どんなふうに教えたらいいんだ?
『文藝春秋』なんて雑誌を購読している読者諸氏は高学歴が多いと決めこんで話を進めるが、僕の属する出版業界も高学歴だらけで、まわりはみんな、「最低でも早稲田卒」みたいな連中である。そんな超人たちの主な仕事は、作家の能力を引き出すことにあった。ようは編集者とは、「才能を伸ばすスキル」に特化したプロ集団というわけだ。
相手を褒めそやし、やる気を出させ、長所を自覚させ、それとなく欠点を修正し、次なるステージに進ませる。僕はこのような最高レベルの「教育」を浴び、おかげで三島由紀夫を読んだことがなくても三島由紀夫賞をもらうことができたが、とはいえ高卒で、「才能を伸ばすスキル」も皆無なので、宿題を教えようとしても、「どうしてこんなこともわからないんだ!」と、急にキレるお父さんよろしく叫び、こどもはポカンとする……というのがオチだった。
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source : 文藝春秋 2024年12月号