「忘却には不思議な創造性が秘められている」
「実は、まだ出版されていない幻の原稿があるんです」
父・外山滋比古の一周忌を終えた2021年10月頃、扶桑社の編集者から、こう連絡をいただきました。父の原稿が会社に保管されていて、できれば出版したい、と。
聞けば、その原稿は父が亡くなる3年前の2017年に執筆したもので、当時の編集者に何度かダメ出しをされて修正を重ねるうちに、本人が嫌になり「出版しない」ということになってしまったようです。
〈いま、自然知能ということばは通用していない。人工知能に対して新しく考えたことばである。(略)すべての人間は自然知能を持って、少なくともその可能性を持って、生まれてくる〉
〈人工知能を理解するには、いまのところ無自覚の状態に置かれている基本的な自然知能をはっきりさせておくことが必要である〉
〈この本は、いかにして、人工知能に負けない自然知能がありうるか、ただあるだけでなく、はっきり認識しなくてはいけない。そういう考えに基づいて書かれた、試論、エッセーである〉
これらの文章は、昨年末以降に、ChatGPTを始めとする「人工知能」「生成AI」が話題となったことを受けて書かれたものに見える。しかし、実は英文学者・外山滋比古(1923年―2020年)が、生前の2017年に書き遺していたもので、まるで“予言の書”であるかのようだ。
専門の英文学にとどまらず、言語学、教育論など、広範な分野で数多くの著作を遺した外山滋比古。なかでも、「自らの頭で考えることの重要性」をわかりやすく説いた1983年刊の『思考の整理学』は、累計発行部数270万部を記録。「2022年 全国の大学生に一番読まれた本」(帯文)として、初版から40年経った今も読まれつづけている。
そして没後3年経った今年、先の文章を含む遺稿が『自然知能』として刊行された。
「生誕100年」を迎える外山滋比古が遺した言葉は、我々に何を伝えるのか。外山の一人娘で、社会心理学者の外山みどり氏(学習院大学名誉教授)が、父の肖像を語る。
一度はお蔵入りになっていた原稿ですから、最初は読むのもためらわれました。執筆した当時の父は93歳ぐらいなので、年寄りの繰り言とか、辻褄が合わないところもあるだろう、と。そもそも不備を指摘されて本人が嫌になってしまった経緯があるので、変なものだったら出さない方がいいとも思っていました。それでしばらく逡巡してしまい、昨年7月、やっと原稿に目を通したんです。
実際読んでみると、懸念していたほど悪くない。少し直したり、文章を整えたりすれば出せないこともないと思いました。
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