日本にもディベート教育を

巻頭随筆

久邇 邦昭 神社本庁顧問
ニュース 昭和史 オピニオン 教育

 何年前だったか山手線に乗っていたところ、4〜5人の高校生と思しき一組がいた。

 中の1人が「おい君、日本はアメリカと戦争したのかい」というと、他の1人が「そうらしいな」と返した。

 その後、「そいでどっちが勝ったんだ」「さあ知らんな」などと話しているので耳を疑った。

 皆さんは本当の話だと思うだろうか。明治以後の不都合な歴史こそ、国民全員が丁寧な考察の対象にする必要があるにもかかわらず、それが現代の教育からすっぽり抜け落ちていることを示すエピソードだ。

 開国後、明治の日本は西欧の植民地獲得競争から国を守るため、富国強兵に専念した。その方針はうなずけるが、神道のあるべき姿を曲げて国家神道を作り出して利用し仏教の排斥まで行った。国家主義、軍国主義はマスコミによって宣伝され、大半の国民は戦争熱の塊となった。

 日中戦争は上海占領でやめるべきところ、勝手に南京を占領し、その祝賀の大提灯行列は拙宅まで押し寄せた。日本は西欧のまねをして同じ道を歩み、遂に太平洋戦争に突入したのだった。

 私が1年半を過ごした海軍兵学校では、時の校長井上成美中将が鋭い判断力のもと戦争反対を貫いていた。井上校長は敗戦を見越して、戦後の日本の復興を担う若者を育てようと普通学(一般教養)を重視し、英語教育を継続した。軍部にも世界情勢を分析して戦争反対の人たちも相当いたと思うが、大勢には抗しえなかったのか。海軍省は極右学者を送り込んできたが、生徒たちにはその思想を決して聞かせないようにした。

 戦争は大地震のように突然起こるものではない。政治的・外交的失敗の積み重ね、マスコミの煽り、世論の形成等を経て始まる。

 ここで世論の形成について考えてみたい。

 私が戦後、商船会社の駐在員として過ごした英国では、会社の客等の集まりでも、いちばんのご馳走は会話だった。政治や国際情勢、趣味、日本の歴史や文化についてもよく聞かれた。国際情勢が厳しくなれば、当然議論の種になる。皆よく勉強しているので、こちらもうかうかしていられない。英国の学校教育には、ディベート(討論)の時間があり、生徒たちの考える力、ひいては物事の実現力を高めて行くことを図っていた。

 開戦に至るまでの日本での世論形成はどうだったのだろう。南京占領時の大提灯行列の狂奔を思い返すと、国民の大半が軍部やマスコミが作り出した時勢というものに無批判にのせられていったのだと思う。これは、現代に生きる我々にとっても他人事ではない話だ。自分たちで考える癖をつけ、右に倣えの精神、群集心理伝染症はぜひ改めねばなるまい。前科を繰り返さないためにも。

 近頃は、外地駐在を打診されたときに、「嫌です」と断る若者もいると聞く。異なる文化に接し見識を広めるチャンスなのに残念なことだ。海外赴任しても、現地では日本人同士としか交わらず現地語も話さないまま帰る人もいると聞く。これは了見ちがいも甚だしい。自分と立場を異にする人々と交流し、議論することで自分の考えを養えるものなのだ。自分の考えがあいまいなままではまた時勢に流されてしまう。

 最後に戦争責任について一言。

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source : 文藝春秋 2021年11月号

genre : ニュース 昭和史 オピニオン 教育