長野暮らし

巻頭随筆

井上 荒野 作家
ライフ 読書 ライフスタイル

 八ヶ岳の麓で暮らして2年になる。別荘のつもりで入手した家に定住を決めたのは、コロナの影響もないことはないのだけれど、なによりもこの地が好きになったせいだ。好きになった理由の1番は山と田園が作る景色の美しさで、2番目が食べもののおいしさだった。

 まず、スーパーマーケットでふつうに買える、信州産の肉がおいしい。牛肉も豚肉も鶏肉も全部おいしい。海なし県だが、石川県の魚が入ってくるので、意外に魚の種類が豊富で、ルーツを西に持つ私にとっては東京のスーパーよりも好みの魚を見つけることができる。

 農家と提携しているスーパーで、地元産の野菜が買えるのもいい。なにしろそこら中に田畠が広がっているので、新鮮な野菜が毎日入荷している。この地ならではの野菜が並ぶのも嬉しい。春には山菜、秋には茸。根曲がり竹や淡竹、ボタンコショウという、ピーマンに似たトウガラシ。「ひたし豆」という、料理法の名前で売られている鞍掛豆などなど。

 料理法がわからなくても、今どきはネットで検索すればいくらでも出てくる。今の家に別荘として通っていたときから数えるともう5年目になるので、そろそろアレが出てるかな、とスーパーに向かい、出ていると嬉しい。郷土料理も覚えたりする。根曲がり竹と鯖缶で作る味噌汁や、青唐辛子と米麹と醤油の辛い調味料「三升漬け」、塩丸イカという、塩漬けのイカと胡瓜を合わせて酒粕などで和える小鉢。すり胡麻同様にすり胡桃が売られているので、胡桃和えや胡桃ダレもよく作るようになった。

 しかし——

 と、私は考える。こうした食材は、実のところ、東京でも手に入るのだ。近くの店ですべて賄うのは無理としても、それこそ検索すれば取り寄せることはできるだろう。そしてじつは私の東京の家の近くには、全国の野菜が集まってくる業者向けの市場があって、淡竹も山菜もめずらしい茸も売っていたりするのだった。

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source : 文藝春秋 2021年11月号

genre : ライフ 読書 ライフスタイル