コロナ禍に後押しされて世の中では業務のデジタル化、いわゆるDXが進んでいるが、僕の執筆ではむしろAX(アナログトランスフォーメーション)が始まっている。たとえば、手書きで書くということである。
と、結局はパソコンのエディタで書き始めた。全面的に手書きに切り換えるのではない。手書きを部分的に復活させることで、デジタルでの執筆に変化をもたらしたいのだ。この5年ほどで僕の書き方は変わり、アウトライン・プロセッサを導入するなどデジタルツールを活用している。だから重要なのは、ただDXに邁進するのでも、逆張りしてアナログに回帰するのでもなく、DXとAXの相乗効果を探ることである。仕事の真の機微は、DXとAXの脱構築だ。
最後に長いものを手で書いたのはいつか思い出せないし、昔の人が原稿用紙で哲学書や小説を書き切ったなんてもう信じられないが、ともかく今、手書きにはどういうリアリティがあるのかを感じ直す必要があると思った。
それで原稿用紙を買いに行った。大作家が使ったという老舗のものもあるが、コクヨの1番安いやつ。道具は1番シンプルでいい。それに前から使っているペリカンの水性ボールで書いてみた。次の段落は、手書きで最初に書いた文章である。
なんとなく原稿用紙に書くことを思いついた。それは、デジタルで書くのに慣れたからこそで、むしろ紙にこそ、ある意味でもっとデジタルな自由度、ノンリニアな遊びがあるのかもと思いついたからである。言葉選びの感覚が異質だ、と思う。今試しに書いていて、タメがある。それは有機的な時間であり、フッと泡立つような感じがある。それからとにかく書くしかないので、手を動かす分もたつくのに妙に「速い」と感じる。書くプロセスに有限性が満ち満ちていると感じる。
——というのをつらつら、ほとんど悩まず書けたのだが、これで原稿用紙半分くらい。量が面積としてわかる。データではない。言葉がモノとして存在する。
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source : 文藝春秋 2021年11月号