さらば夕刊フジ

鳥居 洋介 高知さんさんテレビ社長
ニュース メディア 昭和史

 昭和58年夏、大阪では5つの夕刊紙が駅売市場でしのぎを削っていた。梅田の地下街の柱には毎夕、刷り上がったばかりの新聞が貼り出され、多くのサラリーマンが読みふけっていた。この年、夕刊フジを発行するフジ新聞社に入った私は、希望していた映画記者にはなれず、いきなり大阪府警の記者クラブに放り込まれた。

 翌年8月、山一抗争と呼ばれる史上最大の暴力団抗争が始まり、その最前線が仕事場になった。府警捜査四課の刑事の家を夜討ち朝駆けし、昼間はネタになりそうな組事務所を回った。月給15万円にも満たない若造のハイヤー代金が2カ月連続、240万円を超え、経理からこっぴどく𠮟られた。

 大阪支社の編集部は20人足らずで、親会社の産経新聞社からはみ出た、あるいはつまみ出された曲者揃いだった。吉本興業や宝塚歌劇にやたら強い記者、博打と女で選手との距離を詰めるトラ番、産経時代の情報源から驚くようなネタを取ってくる府警キャップ……。

 抗争が激化した60年3月、先輩が書いた記事が、広島の大親分の逆鱗に触れた。いまは亡き共政会三代目、山田久会長。映画「仁義なき戦い」の登場人物のモデルの一人だ。呼び出しを受け、マル暴担当として先輩に同行した。国鉄広島駅に着くと、ベンツで黄金山中腹にある共政会本部に連れて行かれた。

 事務所前まで50メートルのところで降ろされた。紺のブレザーにグレーのスラックス、丸刈りの何十人もの組員に出迎えられ、要塞の門を潜ると、応接室に山田会長が現われた。

「どうぞ」とウイスキーの水割りを出されたが、グラスを持つ私の手は、恐怖で小刻みに震えていた。

 山田会長は、記事へのクレームというより、「共政会は山一抗争では、どちらにも与(くみ)しない」「不毛な争いは結局、ヤクザ組織全体にマイナスに作用する」と、繰り返し説いた。

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source : 文藝春秋 2025年2月号

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