月刊「文藝春秋」の巻末にある名物連載「社中日記」。「文藝春秋 電子版Podcast」の中で紹介された、1928(昭和3)年2月号掲載の第1回を特別公開します。
十二月十二日、愈新年號の校了三百五十餘頁の彪大なる五週年紀念號を編纂したれば、まづ〳〵(まづまづ)一杯無かるべからず。『我、我、五週年を祝す』さあさあと、印刷屋の晩餐も斷然謝絶し、自動車を以て大崎は豐文社より五反田、品川新橋をドライブして銀座に至れば何んと――菅忠雄先づモナミに待合はせありと下車、馬海松、キリンに客ありと下車、永井龍男花房滿三郎一寸失敬と毛糸屋へ影をひそめ、大草實亦不二家の方へこそこそと、さてこれでは…………一と先づ解散とあり。されど、されど一刻して、『エビス!エビスと!』聲を張上げながら、銀座を横行する四人の群あり、何んぞこれ、永井龍男、花房滿三郎、馬海松の徒ではないか。待つたり、遙か彼方より轉がり出でたるは、これは〳〵(これはこれは)鈴木の氏亨の酒樽!やあ!と歡聲一發あつたと思つたら、『ようエビス!五週年!』と酒樽をピヨコン!とんだ五週年なり。
(註、エビスとは春秋奥傳にあり返信料同封の方に無代お知らせ致すべしと)
十二月十三日 文藝春秋の人誰も出社せず、編輯室至つて靜肅なり。寛氏編輯室のドアを開けて、『將棋さそうか?』獨りでんぐりかへつて『凡そさいまん』(語義未だ詳ならず)を唱へてゐた、古川緑波『えー』と苦い顏。あゝ將棋を知らぬものは……。

十二月十六日 編輯會議とはサンドウイツチを喰べることなり。この時など一杯あつて然るべしと論ずる者あれどそれ末輩のぐにやぐにや言葉なれば其議未だ採用に至らず。當日も地下室にサンドヰツチを具へて會議は開かれたり、寛大人ウヱストミンスターの灰を落して以て開會の辭に代へれば鈴木氏亨算盤をはぢき出し(ノー文藝春秋社に未だ算盤の備品なし)厘毛糸(ケイトにあらず)の微妙なる計算に陶醉し、菅忠雄、編輯方針の更新について諸員の陳述を聞かんとす。乃ち(以下削除)
十二月十九日 橋本英吉、胡疾風子の肩をぽんとたゝいて『ねえ君!』何事かと耳をそばたてると、『昨日ね、横光氏がね、銀座で十五圓の手袋を買つて歸つたら怒られたつて』『誰に?』『分つてるじやないか……』と云はれば萬更分らんでもない。この利一氏の第一子の名は愈々象方と決つたとかて、胡疾風子『象方なんて變な名前だな、今にきつと、象方なんてなんだ、全く文學者を親父に持つのは不幸だよ、かなわん!と云はれるにきまつてゐる』とひやかせば、先生は呑氣なるかな。『いやそれは惡るかつたらいつでも變へる、未だ手續してないから』
十二月二十二日 社内騷然。クリスマスか? 非ず、忘年會か? 非ず、さては亂鬪か? 然らず。何事かと壁に穴を開け、じいつと中をのぞけば、なあんだこのやろふざけるな、あらまあ封筒さんかすまなんだ――すつかり氣分出しやがつた。
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source : 文藝春秋 1928年2月号

