著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、ひうらさとるさん(漫画家)です。
私の母は六〇歳で夜間高校に入学し、現役高校生に混じって四年間通った。今年八四歳になるが、あらゆるSNSにアカウントを持っており、若いフリーランスのクリエーターなどの知り合いもいるらしくイベントに出掛けたりサインをもらった本を読んだりしている。これだけ書くと「なんて進歩的でリベラルなお母さん!」と思われるかもしれない。実際母に会った友人には面白くて感性が若いと言われることが多い。
ところが! そんな母は子供の私にだけは、超保守的なのである。漫画家になった娘に「普通の仕事じゃない……」と言い放つ。漫画雑誌の本誌で連載が始まった、サイン会をした、コミックスが出た。会社で言えば昇進のような機会にも褒めの言葉はゼロである。なぜだ。

二〇代半ばにもなれば「結婚は、子供はいつ?」などなどのいわゆる適齢期攻撃が始まった。「仕事忙しいし」と反論すると「松田聖子は両立してる!」と返す始末。嘘だろ。
その母との攻防戦は三〇前後まで続き、とある年末に大喧嘩して帰省をやめたことがあった。未婚であることを今ならSNSで大炎上しそうな偏見に満ちた言い方をされて、頭に来て長文の抗議メールも書いた。しばらくして分厚い封筒の手紙が来た。反省の返事だろうかと心痛めながら開けたら、私のメールをプリントアウトしたものに赤い字で「こんなこと言ってません!」「これについてはご、め、ん!」などと全く頭を下げる様子はない多量の注釈がつけてあった。脱力して笑ってしまった。こういう母なのだ。
その春、母と二人、なぜか青春18きっぷで香川に日帰り旅行に行って特に何をするでもなく、うどんを食べて帰ってきた。家族には笑われたがこういう親子なのだ。
去年は私の漫画家生活四〇周年で原画展があった。東京で一人暮らしの頃、置くところがなくて実家に送りつけていた雑誌から、母が私の部分だけ切り抜いてまとめて綴じた冊子も置いてみた。小学生の時にノートに描いた漫画や、投稿時代の批評シートもきれいに残っていた。
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