著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、坂茂さん(建築家)です。
とにかく仕事が好きな人だった。
母は、故郷の金沢と東京に店舗を持つ服飾デザイナーだった。今のように小さなワンルームマンションはない時代だから、地方から上京してきたお針子さんは、みんな我が家に下宿する。従業員が増える度に増築を繰り返す実家には、常に大工が出入りしていた。その姿を目にした小学生時代、漠然と抱いた「大工さんになりたい」という思いは、いつしか建築家になる夢へとつながった。
休む暇もなく働いていたので、運動会や参観会などに来てくれた記憶はない。代わりにデパートに連れて行ってくれたことをよく覚えている。当時で一万円以上、今だと十万円以上はするような、象牙のボタンがついたキャメルのコートを買ってくれた。小学生ながらその値段に驚いたが、母は良いものに対してお金を惜しまず使う人だった。
毎年のようにパリコレやミラノのファッションショーに行く母を見ていたので、私が海外志向になるのも自然な流れだった。高校卒業後、アメリカ留学を望む私を母は応援し、「日本の大学を卒業してから行きなさい」と反対する父の代わりに学費を出してくれた。父は真面目で勉強家だが、その後私が通ったクーパー・ユニオンも「組合(ユニオン)にでも行くのか? どこでもいいからユニバーシティとかカレッジとか名前がつくところへ行け」と世間体を心配する。母とは面白いぐらい正反対な人だった。父とは違い、私のすることに一切口を出さない母だったが、昔からよく「苦労は買ってでもしなさい」と言っていた。当時は今より女性が活躍しづらい時代。自分も苦労してそのキャリアを手にしたのだろう。
母と一緒に過ごした時間は多くはないが、お互い職人的な仕事をする者同士として、通ずるもの、尊敬するものがあった。なんせ亡くなる直前まで、八十代になっても仕事をしているのだ。そんな姿を見てしまったらもう、年取った母より仕事をしないなんてありえない。そう思わされるほどに仕事を楽しんでいた。
婦人服をデザインしていた母だが、晩年は私のために、一生着れるぐらいの量の洋服を作って亡くなった。ラガーマンだった私は、一般男性よりも首が太く、肩幅が大きい。一度もサイズを測られなかったにも拘らず、母が作ったその服は、私にぴったりと合うのだった。
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