「つくばセンタービル」(昭和58年)やバルセロナの「サンジョルディ・パレス」(平成2年)などで知られる世界的な建築家、磯崎新(1931〜2022)は、思想家としても国内外に多大な影響を与えた。1980年代に磯崎の下で新都庁舎コンペなどに携わった渡辺真理氏がそのアヴァンギャルド精神を語る。
私が磯崎新アトリエに入所したのは昭和56(1981)年、磯崎さんが「ロサンゼルス現代美術館(MOCA)」の仕事を始めた頃でした。米国留学中に電話があって、「“リエゾン”をやってくれ」と。渡米前にアトリエでアルバイト経験があり、英語ができたので、現地とのつなぎ役にもってこいだと思われたのでしょう。“リエゾン”なんて、お洒落な口説き文句に「行きます!」と即答していました。
アメリカでは、磯崎さんの滞在中は、ほぼすべての行動をともにするので、ゆったりとした時間の流れのなかで磯崎さんと接することができました。仕事の合間に空き時間ができると、「建築を見に行こう」と言って、私が運転するレンタカーの助手席に座って、道案内をしてくれました。カーナビのない時代、迷路のようなLAの住宅地を一度も迷うことなく目的地に到着する記憶力には驚嘆しました。道中、信号待ちをしていたら後ろから追突されたことがあったのですが、そんな時も磯崎さんは怒るどころか、「やられた」と言って、嬉しそうな顔をしていました。相手が逃げたと知ると、さらにニヤリ。アクシデントを歓迎する姿勢が印象的でした。
磯崎さんの建築を語る時、その師であり、新都庁舎のコンペではライバルにもなった丹下健三さんは外せません。丹下さんはモダニズム建築を確立したル・コルビュジエの建築デザインをトレースすることで、自らの建築を創造していきましたが、磯崎さんは、ル・コルビュジエの思想をトレースし、自らの道を切り拓いていったと考えられます。
ル・コルビュジエは、「建築は純粋形態に分割できる」と書いています。その思想に大きな影響を受けた磯崎さんは、立方体や球などの“純粋形態”で構成された建築を実現しようと考えた。その思想を結実させた代表作が、立方体で構成された「群馬県立近代美術館」(昭和49年)です。この作品によって、磯崎さんは世界への扉を開きました。
はしごを外す
磯崎さんのもう一つの特徴は、終生“アヴァンギャルド(前衛)”たろうとしたことでしょう。“アヴァンギャルド”には、コミュニズムに代表される政治的前衛主義と芸術的前衛主義の二つの意味がありますが、磯崎さんが目指したのは後者で、19世紀後半に影響力を増しはじめる、文化的急進主義としてのアヴァンギャルドでした。磯崎さんの建築からモダニズムだけでなく、ロシア構成主義などの残響が聞こえるのは、そのためです。
設計依頼を引き受ける基準は、やりたいかやりたくないかだけでした。経営的なことは二の次です。そのことを痛感したのは、ディズニーのテーマパークの新しい乗り物のアイデアを求められた時のことです。磯崎さんがポーの小説『メールストロムの旋渦』に触発された案をプレゼンしたところ、大絶賛され、1億ドル事業として契約する運びになったのですが、最後の最後でサインしなかった。「背負ったロケット噴射装置で人が空を飛ぶ」という設定の映画『ロケッティア』を体験できるVR装置ができたと聞いた磯崎さんは、「いち早く体験させること」を契約の際の条件にして、楽しみにしていました。しかし、行ってみると装置は未完成。磯崎さんは不機嫌になって、そのまま帰ってしまったのです。
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