著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、池澤春菜さん(声優・作家・書評家・エッセイスト)です。
父のことを書いてみたいと思っている。
思ったまま、長い間考えあぐねている。試しに書いてみたら、エッセイにしかならなかった。わたしが書きたいのはエッセイではない、なんなら私小説でもない。エッセイと私小説と小説の距離感を測りかねたまま、ずっとぐるぐるしている。
父とは大変仲良しだ。しょっちゅう電話がかかってくるし、メールやメッセージでなんやかやよく話す。面白い本を読めば「これは父に教えてあげなければ」と思うし、同じように父から教えて貰った本もすぐ取り寄せて読んでいる。第三者から「春菜さんや春菜さんの書いたもののことを褒めていましたよ」と聞いて、面映ゆい思いをすることもある。
良い読書仲間で、作家の大先輩。旅や食べること、読むこと、今のわたしを形作る基礎になった存在だ。
子どもの頃のわたしは父が大好きで、大好きすぎて「春菜はパパのクローンだね」とよく周りに揶揄(からか)われた。クローンという言葉の意味がわからなかったわたしは、きっといい言葉だろうとニコニコしていた。
でも、いい父親ではなかった。わたしには血の繋がらない家族がいるし、かつてはそのことで思い悩んでずいぶん曲がったり歪んだり壊れたりした。わたしの手首には今も消えない傷が残っている。今でも、過剰に誰かに必要とされたいと思ってしまう。子どもの頃、父はわたしがいらないから新しい家で新しい子どもを作り直したんだ、と覚った瞬間の、世界が足下から壊れていくような絶望感は今でも忘れない。父はわたしの地面だったのに、その地面はあっさりなくなってしまった。
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