著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、阿部智里さん(作家)です。
私は、父から「作家になれ」と言われたことはない。だが、父について人に話した時、「まさに作家の父って感じ」と言われたことはある。

私の父は映画が好きだ。休みの日には戦争ものとか、スパイものとか、SFものを熱心に観ている。幼い頃、分からないなりにそれらを一緒に鑑賞していた私は、よく父に質問をしては、ひねくれた返答を貰って苦しめられていた。
たとえば、スパイが裏切ったり裏切られたりして頭がこんがらがった時に「この人は正義の味方?」と訊くと、「この人は主人公の味方ではあるけれど、正義の味方かは分からないなあ」などと答える。宇宙からの来訪者を歓迎する人々に破壊光線をぶちこむエイリアンを見て「歓迎している人まで殺しちゃうのは酷いよね?」と憤慨すると、「いやいや、もしかしたら人間が殺虫剤を吹きかけている芋虫だって、本当は人間を歓迎しているのかもしれないぞ」などと澄ました顔で言ってくる。
アンパンマンとばいきんまんで善悪の基礎を履修したばかりの幼児にはいささか手に余る返答ではないか。
また、父はどんなに些細な言葉のミスも許さなかった。
勘違いはおろか、ささやかな言い間違いなども気付いた瞬間に鬼の首を取ったように──しかも心底愉快そうに──指摘してくるので、その度に私は二度と言われるかと胸に誓ったものだった。中学生になる頃にはこちらも反撃する機会を虎視眈々と窺うようになり、論拠となる辞書の記述やネット検索、教科書、図書館で借りて来た本などを用意して、父を言い負かすべく日夜励んでいたのである。一回、ハスキーよりも柴犬のほうが遺伝子的には狼に近いという話をしたところ、父はこれに異論を唱え、再戦に次ぐ再戦でかなり長い戦いになったりもした。
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