「缶詰」と聞けば、世の多くの人は金属の容器に密閉された加工食品を思い浮かべるだろう。だが、進捗の思わしくない原稿を抱えた作家にとって、「缶詰」とは締め切り前に行われる軟禁のことを意味する。そして天下の文藝春秋社には、「執筆室」という缶詰専門の部屋が存在しているのだ。
かの立花隆先生がコンロを持ち込んで鍋をしたという伝説を持つその部屋は、パッと見、ホテルの一室のようだ。ユニットバスにベッド、冷蔵庫やテレビまである。清掃の人も入ってくれるし、ホテルと違うのはドカンと馬鹿でかい机が圧倒的な存在感を放っていることぐらいだろうか。
缶詰を始めた最初の頃は、まだミーハーな気持ちだった。「こんな部屋があるんだ!」と無邪気に喜ぶ余裕があったのだ。しかし、そこでの生活が1週間も続けば、否応なしにこの部屋の本質に気付かざるを得なくなっていく。
ここは監獄だ。原稿を上げるまで、作家に人権はない。
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source : 文藝春秋 2019年12月号