『あんぱん』『ばけばけ』が築くNHK朝ドラ黄金時代

ドラマは時代を映し出す鏡

半澤 則吉 ライター、朝ドラ批評家
エンタメ 芸能 テレビ・ラジオ

「朝ドラ」ことNHKの連続テレビ小説が近年、良作を連発している。この好調の波を作ったのは2023年上半期の神木隆之介主演『らんまん』だ。植物学者の牧野富太郎をモデルとしたドラマでビデオリサーチによる最高番組平均視聴率(世帯)は19.2%と最近の朝ドラでもとくに高い数字をマークした。番組公式ホームページにあったこんな文言が印象的だ。「主人公・槙野万太郎(神木隆之介)とその妻・寿恵子(すえこ)(浜辺美波)の波乱万丈な生涯を描きます」。そう、この作品は夫婦二人の人間ドラマを丹念に紡ぎ視聴者の心を掴んだのだ。朝ドラというとヒロイン、つまり女性主役の作品が多いが、近年は夫婦2人の人生を描く「夫婦もの」の秀作が多い。

・2010年上半期『ゲゲゲの女房』/漫画家水木しげる・布枝夫妻
・2014年下半期『マッサン』/ニッカウヰスキー創業者竹鶴政孝・リタ夫妻
・2018年下半期『まんぷく』/日清食品創業者安藤百福(ももふく)・仁子(まさこ)夫妻
・2020年上半期『エール』/作曲家古関裕而(こせきゆうじ)・金子(きんこ)夫妻

 とそれぞれ著名人とその妻をモデルにしているのが特徴だ。これまで数年に一度のペースだったが、2025年はなんと「夫婦もの」朝ドラが続く。

 上半期(4月~9月放送)は『あんぱん』。女性編集者の小松暢(のぶ)と、夫となる『アンパンマン』作者やなせたかしがモデルだ。主人公夫婦を演じるのは今田美桜、北村匠海と若手実力派を揃えた。そして何より、モデルとなるやなせ夫妻の人生が面白すぎる。

やなせたかし ©文藝春秋

 暢は「ハチキン(土佐弁で男勝りの意)おのぶ」と呼ばれ、戦後に高知新聞社の雑誌『月刊高知』の女性編集者となり、やなせと出会う。国会議員の秘書になるためやなせに先立ち上京したという行動的な女性だ。一方、やなせは漫画家になる前に三越百貨店のデザイナーなど、さまざまな仕事をしていた多才な人物。話の軸となるだろう彼の職歴は、昭和エンタメ史そのものといえる。永六輔演出の舞台美術を手がけ、いずみたくが作曲した童謡『手のひらを太陽に』の作詞を担当。さらに立川談志が司会のクイズ番組にレギュラー出演し、手塚治虫の虫プロダクションの映画『千夜一夜物語』では美術、キャラクターデザインを務める。足跡をざっと振り返っただけでも実に華やかで、昭和の文化人を誰が演じるかも注目したい。

 下半期(10月~翌3月放送)の『ばけばけ』は松江の没落士族の娘、小泉セツとその夫で民俗学者ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)がモデルだ。セツは戊辰戦争が起こった1868年生まれで、まさに歴史の転換期を生きた女性。彼女は松江の名家の血筋だが、明治に入り士族が零落し、次第にその生活は困窮。さらに一度、結婚も失敗する。ラフカディオ・ハーンもまた波瀾万丈の人生だった。ここでは彼を、松江での呼称「ヘルン」と呼ぼう。イギリスからアメリカに移住し文筆家になったヘルンはニューオリンズ万博で日本文化に触れ、日本行きを計画。1890年に来日し、職を探し松江に行き着く。そこで女中として雇ったのがセツだった。

 幼い頃から物語が好きだったセツはヘルンに怪談や民話を語り聞かせ、お互いに惹かれあっていく。当時は外国人との結婚が珍しい時代。武士の娘のセツを慮り日本に帰化するなど、ヘルンの愛情がにじむ。生まれ育った環境も違い18歳も年の離れたセツとヘルンをつないだのは、2人だけが解したという「ヘルンさん言葉」であり、その濃密なコミュニケーションは多くの感動を呼ぶだろう。2人の関係が、そして発展途上の日本がどう“化け”ていくかも見どころだ。

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