「一億総発信時代」炎上に対抗する唯一の手段は

小山田圭吾騒動で考える

中原 一歩 ノンフィクション作家
ニュース 社会 メディア

 昭和を代表する映画監督・市川崑氏が、映画『炎上』を発表したのは1958年のこと。原作は三島由紀夫氏の傑作小説『金閣寺』だ。クライマックスでは究極の美に取り憑かれた主人公が寺に火を放ち、美しく聳え立つ建物が夜空を焦がして炎上する――。それから数十年、「炎上」という言葉は、火が燃え広がるという本来の意味だけではなく、「インターネット上のブログやSNSで、批判や誹謗中傷などを含む投稿が集中する状況を表す」ものとして、人口に膾炙している。

「一億総発信時代」と呼ばれる現代では、日々、炎上騒動が勃発している。たとえば2024年8月には、タレントのフワちゃんが、Xで不適切な投稿をしたとして大炎上。芸能活動の休止に追い込まれた。パリ五輪期間中は、選手への誹謗中傷で溢れかえった。柔道の阿部詩選手は、敗退した際に号泣しただけで批判を浴びた。このほか、企業や政治家、そして一般人、被害を数えれば枚挙に暇がない。

画像はイメージです ©takasu/イメージマート

 当事者が自殺に追いやられたケースもしばしばある。ジャニー喜多川による性加害問題では、性被害を告発した元タレントの男性が「嘘つき」などと謂われなき誹謗中傷に苦しめられ、23年10月、自ら命を絶った。漫画『セクシー田中さん』の著者・芦原妃名子氏は、ドラマ化にあたっての原作改変を巡る炎上騒動のさなか、24年1月、遺体で発見された。

 時として人を「死」に至らしめる炎上。中には理由が曖昧だったり、「嘘」が含まれていることもある。俳優・歌手の星野源氏は、24年5月、インフルエンサーに憶測で虚偽の不倫情報を流され、一時、ネット上は騒然となった。すぐに本人と事務所が「事実無根」と否定したことで鎮火し、後にインフルエンサーは証拠もなく発信したことを謝罪した。

 この最たる例が、21年の夏に起こった東京五輪開会式の音楽担当の一人、ミュージシャン・小山田圭吾氏の炎上騒動ではないだろうか。

 コロナ禍で五輪が開催されることには、国内でも批判が多かった。また、開会式を巡っては、演出チームに解散・辞任が相次ぎ、東京五輪組織委員会への不満の声もネット上に溢れかえっていた。そのような中で7月14日、開会式の演出を担当するクリエイター陣が発表になった。すると翌日、Xで匿名のユーザーが、小山田氏が過去に雑誌で、同級生に対するいじめを武勇伝のように語っていたとポストしたのだ。確かに『ロッキング・オン・ジャパン』『クイック・ジャパン』の二誌で小山田氏は過去のいじめについて言及していた。前者には〈全裸でグルグル巻にしてウンコ食わせてバックドロップして〉などと見出しが付いている。そしてこの話が一気に拡散され、「いじめ自慢を許すな」との声がネット上を埋め尽くす。メディアも連日取り上げ、7月19日、小山田氏は開会式の音楽担当辞任を発表した。

 私も当初、「なんて酷い人間なんだ」と思った。そこで小山田氏の同級生を探して話を聞いたのだが、複数人から「雑誌のインタビューを読んだが、圭吾はいじめをするようなキャラではなかった。内容に違和感がある」旨の証言を得た。もしかして雑誌の内容に嘘があるのではないか――そう考え、小山田氏に手紙を送ると、幸運にも取材に応じてくれたのだ。すると彼は、確かに一部の行為は実際にはあったが、自分がしてはいないいじめを、さも自分が行ったかのように書かれてしまったと答えたのである。事実と違うことを書かれてしまったことについて小山田氏は、当時の雑誌のインタビュアーに不満を伝えてもいたという。

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