【一押しニュース】胎児、新生児期からの予防医療/9月3日、日本経済新聞朝刊
「予防医療」の4文字が日経朝刊トップ記事にあるのを見て、うれしくなった。医療費の自己負担増など痛みに焦点を当てた報道が多い中、この記事は人間ドックやフィットネスジムの個人負担軽減、予防医療のイノベーションに挑戦する企業の支援など建設的なニュースを中心に伝えていた。日本は症状がない時は公的補助を受けにくく、病気と診断されれば手厚い。重症化してからの受診を奨励し、個人にも財政にも負担の大きい道へと誘導しているようなものだ。
私の守備範囲である出産の世界にも、生活習慣病の予防につながる知見は意外と多く、この機に注目度が高まってほしいと思っている。例えば胎児期、新生児期に身体が学んだ代謝は生涯変わらず、生活習慣病の発症率を左右するという「DOHaD学説(胎児期疾病起源説)」というものがある。日本は、先進国では珍しく2,500g未満の低出生体重児が増えていて、約11人に1人の割合だ。この子どもたちは高血圧、Ⅱ型糖尿病、脳梗塞、脂質代謝異常などにかかる割合が高い。理由は女性のやせ過ぎ、高齢出産などにあると考えられている。
最近、母乳も、生活習慣病と密接な関係にあることが国際的に定説となってきた。私は最近乳がん検診を受けたが、検査前の問診票には「乳がんにかかった親族がいますか」といった質問と並んで「子どもを母乳で育てましたか」という質問が入っていた。国立がん研究センターが作成した『日本人のためのがん予防法』というリーフレットにも、母乳を長期間与えると母親の乳がんリスクが低下するという研究は数多いと明記されている。
母乳は感染症も予防し、世界保健機関(WHO)やユニセフは40年間も推進キャンペーンを続けてきた。ただ先進国では「あれは感染症による乳児死亡が多い発展途上国の話」と受け流されてきたきらいがある。しかし、それが生活習慣病を減らし、医療費の膨張にも効くとなれば話は別だ。「ランセット」という高名な医学雑誌が過去30年間の研究報告から乳児栄養の生涯にわたる影響を総括し、母乳は、飲ませた量が多いほど、子どもの将来の糖尿病、肥満、母親の乳がん、Ⅱ型糖尿病などのリスクを下げると結論づけたことは大きなインパクトがあった。
米国では、すでに政策が走り出している。黒人層の母親で母乳率が低い米国では、国の機関である疾病管理予防センター(CDC)が、母乳を飲んでいる子どもの率、職場に搾乳室を作るなど授乳しながら働く母親を支援する雇用主の割合などについて数値目標を掲げた。数値の中間発表を見ると成果は上がっていて、支援雇用主の割合はすでに49%と目標値38%を上回っている。
しかし日本で、今、厚労省が同じようなことをやろうとしたら、一瞬でSNSが炎上して、たたきつぶされるだろう。今の日本では、待機児童の多い地域では、零歳児の時期に入園を申請しないと、なかなか保育園に入れない。冷凍母乳対応の保育園はわずかで入園前に断乳を指示されることが多いから、ほとんどの母親はよく出ている母乳を止めてから子どもを入園させている。
分娩取り扱い施設が減少し、残ったところは大混雑で産後ケアに手が回らないこと、母乳分泌量が減りやすい高齢出産が激増していることも母乳育児がうまくいかない母親を増やしている。母乳をあげたいのにあげられないことに悩み、育児の自信を失う人もいるので本人たちへの対応は慎重にならなければならない。ただ、国には、待機児童や産科医不足、出産をためらうような就労環境は生活習慣病も増やしていくのだということをしっかり認識してほしい。
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