通算対局数929局のうち千日手局がわずか1
対して千日手が少ない棋士は誰か。デビューからそれほど経っていない棋士を除くと、ゼロという棋士は居ない。だが、1という棋士は数名いる。その中でダントツのキャリアがあるのが山崎隆之八段だ。
1998年4月にデビューを果たした山崎は今年の4月12日の対局を勝ち、通算600勝を達成。将棋栄誉賞を受賞した。通算対局数は929局だが、その中の千日手局がわずか1なのだ。他の千日手1局という棋士はいずれもデビューから10年も経っていない。キャリアが20年を超える山崎の千日手数は、恐るべき少なさである。
「20代前半のころはやらないと決めていました。基本、先手が打開すべきものと。ただ30を間近にして、少し柔軟になりましたね。私が絶対に千日手を選ばないことがわかってしまえば、相手の有利になりますので。ただ、自身の1局は振り返ってみると、打開できた千日手なので、それは後悔しています。ゼロのままだったら、生涯やらないというこだわりが続いていたでしょうね」
千日手を避ける理由については「基本、将棋は先手が有利なんですよ。だから後手番がより工夫をする。千日手にすることで、その工夫が生きなくなるのがもったいないと思いました。あと、天邪鬼的な反発心もありましたね。ただ、ある対局で負けるとわかっていて打開したことがありました。その対局は相手の大ポカで拾ったんですが、負けがわかっていて打開するのはダメと、気持ちが入れ替わりました」と語った。
藤井九段は「美しき千日手なら良い」
他に千日手の少ない棋士の代表格は田中寅彦九段だろう。キャリアは40年を超え、通算対局数は1506だが、千日手は8局しかない。棋士番号が1つ違いである東和男八段の千日手が26なので、やはり相当に少ない。また、田中の得意戦法の一つに居飛車穴熊があるが、穴熊は終盤での千日手になりやすい戦型だ。
「私の穴熊は千日手になりません。基本、千日手が嫌いなんですよ。棋士人生初の千日手も不本意なものでした。ただ、改めて振り返ってみると、もう少し勝負に辛く指すべきだったかな。永瀬君がうらやましい(笑)」と田中は語った。
最後に、筆者が観戦を担当した一局で千日手となった時、その千日手について語った藤井猛九段の言葉を挙げる。
「後手番だから仕方なくもあるが、美しき千日手なら良い」
「本局のように渋く深みのある応酬からの千日手ならば双方納得で、棋譜としても意味がある」
千日手に対するこだわりも含めて、棋士の個性が表れていると言えるだろう。