「俺、じつは、チケット持ってないんだよ。住んでいるのが人口800人の村でさ、チケットがぜんぜん回ってこなかったんだ」

 トランプ就任式の朝のホテルロビー。周りにいた人たちからどっと笑いがおきる。場がなごみ、お互いに自分のもっているチケットについて話しはじめる。

「ブルーチケットだなんてキャピタル・ヒル(議事堂)に近くていいな。トランプの顔が生でみられるじゃないか。ぼくのチケットは離れたレッドゾーンだ」

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「私はオレンジゾーンよ」

「俺も同じオレンジ。よかったら一緒にパーティにいくかい?」

レッドゾーンへの入場券

 就任式のチケットは基本、上院・下院議員に配分され、各選挙区内の有力者や郡・市議会議員等を通じて、希望する有権者にわたっていく仕組み。参列ゾーンによって、地下鉄の最寄駅がちがうぐらい離れている。地方出身のトランプファンにとって、この日は初めてのワシントン上京だった。みんなお上りさんで、「田舎モン同士で助け合おう」といった和気あいあいとした雰囲気なのだ。

地下鉄の中でインタビューしてみた

 就任式が開かれるキャピタル行きの満員電車に乗り込んだ。

「こんなに混んだ電車に乗ったのははじめてだ」

「俺なんか地下鉄自体、初体験!パーティー会場にたどりつけるかな(笑)」

 トランプファンたちの素朴な会話がきこえてくる。隣りにたっていた、カップルに声をかけてみた。

「ぼくたちは地元ワシントン在住。今日は職場が休みだから、就任式をのぞいてみようと思ってね」(40代、陸軍勤務)

陸軍勤務の40代

 あまり積極的な参加ではなさそうだ。トランプ・グッズも身に着けておらず、ファンという様子でもない。

「今回、民主党議員がたくさん出席をボイコットしただろ。彼らがチケットを配布しなくて、ダブついていたみたいなんだ。昨日になって友達から急に回ってきて」

 ホテルを出る前につけたテレビで、参列者がオバマのときより少ないとさかんに報道されていた。その背景のひとつに、「民主党議員がわざとチケットを出さず、参加者数を減らし、トランプの面目をつぶそうとした」(共和党シンクタンク研究員)という理由があったことを思い出した。

「バイ・アメリカン」を早速実践していた店

 目的の駅フェデラル・センターSW駅に到着。エレベータをあがると、トランプ・グッズワゴンのお出迎えだ。

バイ・アメリカン! 

(ロゴ入りTシャツを揺らしながら)「中国製じゃないよ。正真正銘のメイド・イン・USAさ」と連呼している。トランプがすすめる「バイ・アメリカン」政策が大統領宣誓を前に、こんなところですでに現実化している。念のため、タグをみてみると正真正銘の中国製。ワシントンのお土産にと買って、あとで一杯くわされたトランプファンも多いだろう。トランプよろしく、予測不能な商売人だ。

なんでも売っている

 仲のよさそうなカップルもみかけた。

「リアル・トランプがみられるってクールじゃない。二人の思い出になるし」

 就任式は4年に1度のレアなデート・スポットでもあるのだ。

イケメンもトランプTシャツ

「アメリカ人でごめんなさい」

 私はレッドゾーンのエリアのチケットを持っていた。ゲートで待ち合わせていたアメリカ人と会う。以前、保守派のシンクタンクを取材した際、知り合った仲だ。

 開口一番、こう言われた。

「(共和党)ロナルド・レーガン大統領の就任式を思い出す」

 どうしてか。

「レーガンの前は民主党のカーター大統領。彼はリーダーシップがなく、アメリカの世界的な地位は失墜した。いまのオバマは当時のカーターで、トランプはレーガンだ。『アメリカを再び偉大に!』にいまどきの若者が熱くなっている気持ちはよくわかる。うちの息子は高校生だけど、ぼく以上のトランプファンだ。学校では左翼教師の『アメリカ人でごめんなさい』という教育を受けているはずなのに、トランプから何かを感じ取ったのだろう」

女子高生から60代のおじさんまで、トランプファンがしびれた言葉

 就任演説が終わった後、出会った人たちに演説のどんな言葉が印象的だったか聞いた。

トランプ「国は国民のために奉仕するためにある」

「国民への奉仕を司るのが大統領の仕事。アメリカの伝統は、トランプのようにビジネスなど民間で成功した一般人が国へのご奉公のために政治家になること。もともと政治家という職業はない。実業家の大統領誕生は、アメリカ本来の姿。私は選挙権がないけど、それぐらいの教養はある」(女子高生)

トランプ「できないことを話すのはもうやめよう」

「わかりやすい。オバマのように世界に向かって空虚な理念を語るのが大統領ではない」(60代男性)

トランプ「この瞬間からアメリカ・ファーストになる」

「ちゃんとアメリカ人のことを考えてくれている証拠。ファーストというのは利己的になったり、他の国とケンカする意味じゃない。いままで左派のオバマ政権ではアメリカをセカンド、サード扱いだったことの裏返し。世界の平和や発展にとっても、アメリカファースト!」(30代男性)

トランプ「肌が黒かろうと、褐色だろうと、白かろうと、俺たちは愛国者の赤い血が流れ、偉大な自由を享受し、偉大な国旗をたたえる」

「泣けてきた。自然な人間の感情。こういうことを言うと、リベラル派から非進歩的だと批判されるからいままで保守派の政治家でもいえなかった。オバマやクリントンみたいな地球市民として仲良くしよう、みたいなグローバル主義で世界は平和になったか」(20代男性)

トランプ「自分たちの生き方を他国の人たちに押し付けるのではなく、俺たちの生活が輝くことで、彼らの手本になろうじゃないか」

「トランプのこの不介入主義なところが好き。美辞麗句をいいつつ、世界に爆弾を落としてきた政治屋と大違い」(30代女性)

家族連れも多かった

「アメリカ人でごめんなさい」―――取材中、何度もきいた言葉だ。別のところで話をきいた女子高校生はこうも語っていた。

「学校の先生が『アメリカって悪い国。アメリカ人って悪い人』ってばかりいうの。私は歴史的な事実が知りたいんだけど、先生は自分の思想を私たちに吹き込もうとする。そんな先生がトランプ抗議にワシントンにいくっていうから、私は調査にきたの。どんな思想の人たちの集まりかって。先生こそアメリカ人らしくないってわかったわ。だって、自分たちが選んだ大統領を侮辱ばかりしてるんだもの」

 トランプファン急増の背後には、“アメリカ版の自虐史観”というべき教育や政治への反動があったようだ。

 トランプのアメリカ。はたしてそれは「世界の手本」となるのだろうか。

写真=浅川芳裕