LGBTと呼ばれる「性的少数者」の人権に理解を深めようとする風潮が、社会で浸透しつつある。そんな中、性別適合手術を受けた後に殺人事件を起こし、刑務所に服役している女性が国を相手に慰謝料の支払いを求めた裁判の判決が、東京地裁で言い渡された。この裁判からは、LGBTを巡る新たな課題の一端が浮かぶ。
高校では「男子の制服を着たくない」
女性は現在32歳。2015年2月、東京都中央区の交際男性(当時48歳)宅で、牛刀(刃体約18センチ)で男性の首や胸を多数回突き刺し、失血死させたとして起訴された。同12月、地裁で懲役16年の実刑判決を受け、そのまま確定した。
女性は元々、福岡県で男性として生まれ、幼稚園の時から女児が好むような遊びをしていたという。小中学校では、友人から「女の子みたいだ」と言われ、高校に進学したものの「男子の制服を着たくない」と中退。医療機関で「性同一性障害」との診断を受け、タイに渡って性別適合手術を受けた。2006年、戸籍上も女性となる手続きを済ませ、名前も変えた。
女性はその後、上京してクラブのホステスなどとして働いていた。その美貌から、「長身美人モデル」としてタレント活動もし、イメージビデオも出していた。
しかし、女性は同棲していた男性の命を奪うという凶行に及んでしまう。地裁判決は事件の動機について「やがては結婚することを望んでいたが、男性の言動が次第に冷淡になったと感じて不満を募らせ、男性から『愛情はない。あるのは情だけだ』と言われて殺意を抱いた」と認定している。「痴情のもつれ」が原因だった。
女性ホルモン剤の「プレマリン」の服用を続けていた
この事件では、性同一性障害であることが直接、事件に影響したわけではない。ただ、女性は事件を起こして逮捕された後、性同一性障害であるがゆえの大きな問題に直面していた。女性は逮捕後、警視庁の留置施設に収容され、起訴後に東京・小菅の東京拘置所に移送されている。さらに、実刑確定後は関東地方の女性刑務所に移されたが、拘置所や刑務所では女性ホルモン剤の服用を認められなかったのだ。女性は、性同一性障害と診断されて以降、女性ホルモン剤の「プレマリン」の服用を続けていたが、事件で身柄拘束されたことで続けられなくなったのだった。
女性ホルモン剤の服用を続けられないことが、性同一性障害の当事者にとって何を意味するのか――。