作中では、ここで夫妻の衝撃的な秘密があきらかになる。じつは、夫妻は、ともにBと不倫していた。妻のほうはBに口説かれ接吻、夫はBの自慰を手伝うかたちで同性愛関係になっていたのである。まさかのダブル不倫が展開されるなか、Bは着実にジャンに近づいていた。誘拐の直前までの数ヶ月間、Bは自身の「トラウマ治療」と称し、両親公認のもと、週4回も少女と添い寝していた。
誘拐されたジャンはどうなったか……Bに睡眠薬を与えられたジャンが目覚めると、通信機から声がした。
「お前には異星人の血が流れている われわれの星を救うために 16歳になる前に仲間の男と子どもをつくれ」
そばには血まみれになったB。なんと、彼は、UFOの襲撃を演出したのだ。幼い少女は宇宙人の存在を信じ込み、使命を遂行しようとする。当時、Bは40歳、ジャンはまだ12歳だった。
のちのちBは逮捕されたものの、ジャンの両親は告訴を取り下げ、連邦起訴を台無しにする。釈放されたBは親との不倫をさらに発展させ、ジャンの寝室に再度侵入。こうして「二度目の誘拐劇」が始まった。
最大の謎は人の良さそうな被害者家族
『白昼の誘拐劇』の反響は、どんなものだったか。もう予想はつくと思うが……ジャンの両親へのバッシングが吹き荒れた。ブロバーグ夫妻は、まるで虐待を許すかのように何度も娘を誘拐犯に接近させている。奇妙な犯罪ドキュメンタリーにおける最大の謎は、作品にも出演して証言する、人の良さそうな被害者家族だったのである。
一見不可解に見える夫妻の行動にも、相応の背景がある。まず時代がある。1970年当時は「ペドフィリア(児童性愛)」の概念すら普及していなかった。当時のFBIも事件を「通り魔」と表現したほどだ。5人の子持ちの男がロウティーンの少女に性的興味をたぎらせるなど、想像すらできなかった。
ドキュメンタリーで深掘りされなかった宗教の存在も大きい。被害者家族と加害者は、ともに末日聖徒イエス・キリスト教会、通称モルモン教の信者だった。この教会コミュニティにおいて、Bはカリスマ的な人気者だったと言われている。ゆえに、彼とジャンが失踪した際、ブロバーグ家には「彼は娘さんを絶対に傷つけない」と説く信者が押し寄せた。さらには、第一の誘拐後も、教会コミュニティはあたたかくBを迎えている。
要するに、ブロバーグ家だけではなく、コミュニティに所属する者の多くがBに騙されていた。その上、モルモン教は貞操観念に厳しい戒律で知られている。不倫や同性愛が露見した際の「汚名」ははかりしれないはずだ。被害者夫婦の信仰が厚ければ厚いほど、Bの思い通りになる状況が作り込まれていたのだ。