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『昭和天皇の声』を描いた作家・中路啓太「この世を支配しているストーリーとはいかなるものか」

2019/09/23
note

「この世を支配しているストーリー」とは?

——「この世を支配しているストーリー」とは具体的には?

中路 たとえば、太平洋戦争はなぜ起きたのか、ということを考える時に、「戦前・戦中は情報統制されていたから、国民は真実を知らずに騙されていた」と描かれることが多いですが、必ずしもそうとは言い切れない。

 

 敗戦後、占領軍は「日本国民は悪くない。軍国主義者だけを裁く」という方針を掲げました。戦争の末期に近衛文麿ら重臣たちも、「一部の軍人だけが悪かった」ということで済ませられないだろうかと、相談していたんです。つまり「一部の悪いやつがいたから、日本は間違った方向に進んでしまった」というストーリーは、占領軍にとっても、日本の支配層にとっても、戦争をあおったメディアにとっても、「いいぞ、やれやれ」と戦争を支持した日本国民にとっても、都合がいいストーリーだったということです。  

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——なるほど、人々が社会で共有しているストーリーがあると。我々の人生には限りがあり、すべて精緻な知識にもとづいては行動できない。そこで、大まかな見取り図を与えてくれる物語は大切だと思いますが、それを「よりよいもの」に更新していくことも必要ですね。作家にはその役割もあるのかな、と思っています。

中路 立派な人はそういう役割を担えると思いますが、私なんかでは、とてもとても(笑)。 ただ私は実際のところは、この世界は「都合の良いストーリー」のように、簡単なものではないと思っていて、そのことを書きたい、という気持ちはありましたね。

歴史そのものに、物語という側面がある

——最近、「歴史修正主義」的な本も問題になっています。こちらは、ストーリーの力で読者を誤導しているとして、アカデミズムなどではたいへん評判が悪いです。

中路 そこが難しいところですよね。フランス語で「歴史」は「リストワール(l’histoire)」ですが、この言葉には「物語」という意味もあるわけです。だから歴史そのものに物語という側面があるとも考えられるわけです。

——終戦直後の憲法制定の現場を描いた『ゴー・ホーム・クイックリー』の場合はどうでしたか?

『昭和天皇の声』、『ゴー・ホーム・クイックリー』

中路 『ゴー・ホーム・クイックリー』の場合は、政治的アジテーションにならないことに注意を払いました。改憲論者であれ、護憲論者であれ、どの立場の人が読んでもその時代に起きた出来事をたどってもらえるよう、中立の立場から書こうとしました。そのぶん物語性は薄まってしまいましたが、でもそれなりに、物語を作動させたいという思いは持ちつつ書いていました。

——新作の『昭和天皇の声』を拝読していると昭和天皇の会話が数多く出てきます。昭和天皇の発言は、文献としてたくさん残っています。資料にある部分と想像の部分のバランスも苦労されたのでしょうか。

中路 昭和天皇のある言葉を描くにあたって、その言葉がどういった文脈で出てきたのか、というところを考えましたね。それこそ小説の下品さというのでしょうか、自分の想像力を補って描いた部分もあります。