「山から採ってきたものは“山分け”です」
きのこ狩りが趣味の名人だが、きのこを売るようなことはないという。
「私は皆さんに自分が食べて絶対安心というものだけを採ってきただけあげます。それ以外は冷凍試すとか実験をやったりして大丈夫だったら食べてもらうけど。山から採ってきたものは“山分け”です」
だから、楽しみはきのこを採るにとどまらない。
「3年くらいまえに『うちの山ちょっと見てくれる?』と言われた時にね、日当たりいいし良い山なんですよ。『この下の木を手入れしたら色々なきのこ生えるよ。この山良い山だから』と言ったら、本当に去年すごいことになった。誰かに見せたいってくらい、マツタケが出て……。言った通りになった時は嬉しかった」
1時間ほどのキノコ狩りの収穫は、アカヤマドリ2つに留まった。なお、別行動をしていたグループは、いずれも食べられるムラサキアブラシメジモドキやウスヒラタケを採ることができたという。
名人はきのこの他に山菜も採る。だが、きのこは山菜と比べても難しいという。
「山菜は早い遅いが分かるし、ある場所も決まっているけど、きのこは気候にものすごく左右される。きのこの場合は、本当に難しいんだよと知ってもらいたい」
一番美味しいと思うきのこは……
きのこ狩りの帰り、山野草を探すために寄り道をしたところ、道路脇できのこを見つけた。名前だけは多くの人が知っているだろうオオワライタケ。立派で食べられそうに見えるが、食すと幻覚などの神経症状を引き起こす毒きのこだ。毒抜きをして食用にする方法も一部にはあるようだが、「わざわざ食べるほどのものでもないと思うけどね」と名人は笑う。いずれにせよ、危険なきのこは身近にも生えていることを教えられた。
そんな名人が美味しいと思うきのこを聞いてみたところ、一瞬間をおいた後、こう答えた。
「しいたけ(笑)。私、しいたけは万能だと思っているの。いつでも手に入って、いろんな料理に使っても抵抗ないし、冷凍しても干しても使える。しいたけに関しては、天然と養殖で味に差は感じない」
いちばん美味しいきのこは、我々の身近にあったということか。
これから10月にかけて、白山周辺はきのこのピークを迎える。食べるだけに留まらないきのこの魅力を求め、今日も名人は山に向かうのだろう。
※きのこ狩りは必ず知識のある人と一緒に行うか、鑑別できる場所で確認を行いましょう。
写真=山元茂樹/文藝春秋
取材協力:白山ろくスローツーリズム研究会