病気ではないのに、不安や精神的なストレスが元で「はっきりした症状」を引き起こすことがある。しかもその症状が新たな不安となり、症状は悪化の一途を辿る……。

 胸が痛い、ドキドキする、息苦しい……。

 不安になってネットで調べると、「狭心症」などという穏やかでない病名が出てきた。不安になるなというほうが無理というもの。

ADVERTISEMENT

 しかし、病院で検査を受けても異常は見つからない。

「胸痛症候群」という厄介な病態。

 ストレス社会の現代人にとって、決して珍しいことではないのです。

©iStock.com

突然の胸の痛み……慌てて検索すると「狭心症」という文字が

 首都圏のとある市の市役所に勤務するUさん(男性=36)は、“心配性”を絵に描いたような人物。何事も悪いほうに考えを巡らせ、自分自身を不安に追い込んでいく。

 ある日Uさんは、ちょっとしたことで上司に呼ばれて小言を食らった。叱責というほどのものでもなく、普通の人なら「すみません」で済むレベルなのだが、何事にもネガティブな彼は、塞ぎ込んだ。

 同時に、胸のあたりに嫌な症状が始まった。音が聞こえるような強烈な動悸と、心臓が何かに押しつぶされそうな痛みを感じる。息苦しくて窒息しそうな気もする。10分程で痛みは軽くなったが、何となく重苦しい感覚は夜まで続いた。ネットで調べると「狭心症」という文字が目に入ってきた。

「これは一大事だ!」

 翌朝になっても重苦しい感じは続き、彼は役所を休んで病院に向かった。昨日からの症状を循環器内科医に伝える。「狭心症ではないかと思って……」とも付け加えた。

 話を聞いた医師は、「今も症状は続いているんですね」と確認の上で検査の手配をした。血液検査、心電図、レントゲン、心エコー等々。

 一通りの検査を終え、再び診察室へ。Uさんを迎え入れた医師は、こう言った。

「何も異常はありません。ご安心下さい」

 それを聞いた瞬間、たったいままで確かにあった胸の痛みも、動悸も、息苦しさも、嘘のように消えていった。

症状はあるけれど異常はない「胸痛症候群」とは?

「こうしたケースは、決して珍しいことではありません」

 と語るのは、大森赤十字病院検査部長で循環器内科副部長を兼務する神原かおり医師。続けて解説してもらう。

神原かおり医師

「症状はあるけれど異常はない――という、精神的な要因から起きる典型的な病態です。Uさんの場合は、上司の小言がきっかけでストレスを感じて胸の痛みが始まり、その後は“狭心症”の不安から症状が悪化していったものと思われます。精神的なストレスがどのようなメカニズムで症状を起こしているのか、詳しいことは分かっていません。原因不明の胸痛症状を臨床現場では便宜上“胸痛症候群”と呼んでいます」