プロ入りし昇級、降級を経験して
――2014年の順位戦、2018年の順位戦では名人挑戦を賭けたAクラスで戦われました。2014年の戦いは0勝9敗。その後に「バランス感覚が悪かった」と仰ってましたが、振り返ってどのような心境での発言だったのかなと。
阿久津 Aクラスに上がった時も夢中で覚えていないんですが。対局中はおおよそ30手先を考えながら押すべきか退くべきか考えるんです。その感覚が悪かったので負けが続いてしまい、反省の弁に繋がったんだと思います。指している間、自分が不利か有利かはわかっているんですがね。
――細かい駆け引きのバランスが。
阿久津 そうですね、我慢すべき時に焦って勝負を決めにいってしまうとか。歯車が噛み合わないことが、調子が悪いと出てしまいがちです。いい時はスパッと決断できますが、逆だと5つほど選択肢があるものから、3つに絞れるんだけど、そこから決まらない。難しい局面は毎度出てくるものなんで、一概には語れないところもありますけど……上手く行ってない時は嫌な予感が指す前からあるなんてことも。でも、こういうことはプロ入りしてからずっとあります。
鈴木大介九段から「もうちょっと真面目にやったらどう?」
――阿久津さんがプロになった1999年には、10代の有力棋士と注目を浴びましたね。それから数年、ややブレイクまで時間がかかってます。2004年の将棋大賞新人賞を獲得後、2006年度の勝率1位、2007年の第25回朝日オープン将棋選手権では選手権者である羽生善治さんと5番勝負を戦うなど活躍が続きます。ブレイクまでは「投げっぷりがいい」なんて言われたそうですが。
阿久津 えーっと、プロ棋士になってから将棋に身が入ってなかったんです(笑)。たるんでいる時期が長かった。10代ですし、他に面白いことも見つけてしまって夢中になってしまったんですよ。それが再び将棋に向かっていくきっかけは、鈴木大介九段に「もうちょっと真面目にやったらどう?」と声をかけられたことでしょうか。
――良い先輩ですね。
阿久津 棋士同士でそういうアドバイスというか、声掛けなんてしないものです。ダメになるのも、伸びるのも自分次第という世界ですから。鈴木さんは私の奨励会時代からお世話になって、折々で励ましてくれた熱い人です。鈴木さんから「将棋にそこそこ自信があるんだろうけど、君はいまやってないからね」なんて言われた時、「鈴木さんにはいつでも勝てるんで」と言い返したのを覚えてます(笑)。四段になって間もないのに、なんて生意気なんだろうと冷や汗が出ますね。結婚式のスピーチもお願いしました。
――この一局、と記憶に残るものでは鈴木大介九段(当時八段)との2007年の朝日杯オープン挑戦者決定戦なんですね。
阿久津 そうですね、鈴木さんとの対局前は2~3週間ほど口を利かなかったです。同じ空間にもいたくない気持ちで。挨拶程度でピリピリしてました。戦いを終えたら、そのモードが外れて話せましたけど。私がプロの将棋で好きなのは、普段は仲が良くても、対戦前は緊張感が漂うというその感じなんです。私の場合、負けて相手へ「おめでとう」とは言えないタイプ(笑)。会社ではありえない人間関係ですよね。