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湯山家が八重子の遺体を隠したのではないか

「『大柄でまるで女優さんのように美しかった』と町のそこかしこでささやかれていた心中死体が、全裸にされてどこかへ持ち去られたというのであるから大変で、うわさはうわさを呼んで、時ならぬミステリー劇に大磯中がわき返った」と「神奈川県警察史中巻」も記述している。本編にも、仮埋葬の際の「弥次馬の中から三百人余りも取調べている」とあるから、騒ぎぶりが想像できる。

 八重子の姉・井手ちゑは「文藝春秋臨時増刊『目で見る昭和史 決定的瞬間』」で「警察では、心中事件の恥をかくすために湯山家が、八重子の遺体を隠したのではないかと疑っていた。無遠慮な新聞記者は私の家へおしかけてきて、奥の部屋や押入れを見せろという。まるで犯人あつかいだった」と語っている。12日付夕刊には遺体発見のニュースが載る。「令嬢の死体 一糸もまとはず 大磯海岸で発見 砂中に埋めた犯人は?」(東京朝日1面)、「盗まれた恋の死体 砂中から現はる 墓地に程近き海岸 死臭にうごめく魔」(東京日日2面)、「鰤船納屋の砂中から 真裸の死体を発見す 活人形の如き麗しさ」(読売2面)。見出しがセンセーショナルにエスカレートしているのが分かる。

遺体発見を報じた東京朝日。興奮ぶりがうかがえる(1932年5月12日東京朝日新聞夕刊)

事件を象徴した「天国に結ぶ恋」の見出し

 警察の取り調べが過酷だったのだろう。読売の12日付朝刊には、埋葬作業員の1人が「包み切れず自白」したが証拠がないという記事が載っている。そして、東京日日の5月13日付朝刊の記事にこの見出しが――。

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「純潔の香高く 天国に結ぶ恋」。

 五郎の父親の話として、東京・多磨墓地に2人の比翼塚を建てる計画を報じている。その後、事件が話題になるたび、必ず登場するこの見出しを付けたのは東京日日整理部の岩佐直喜記者(1988年死去)だと、池田房雄「後追い二百件『天国に結ぶ恋』の呪縛」(「文藝春秋『昭和の瞬間』」所収)は書いている。

初めて「天国に結ぶ恋」が登場した東京日日の紙面

 池田氏のインタビューに岩佐氏は「湯山八重子はクリスチャンで純潔だった。この2つを結びつけたら、あの見出しがすっと浮んで来た。苦労なんかしなかったよ。ぜんぜん劇的じゃなかったね」と答えた。酒豪の岩佐記者は整理記者30年。「自分のつけた見出しは、酒と一緒にぜんぶ忘れてしまったなあ……。『天国に結ぶ恋』の一本だけはまわりが忘れさせてくれないんだよ」。名付け親は別の記者だという証言もあるが……。かつての整理記者は職人芸の専門職で、驚くような見出しを付けた。「天国に結ぶ恋」もその一例だったのだろう。