六月某日。神楽坂の九州料理屋に、羽中田昌(はちゅうだまさし)と愉快な仲間たちが集まった。戸塚啓の号令で数年に一度は結集する仲間たちだ。彼らは席に着くなり、著者の戸塚と主人公を前にして、あーだ、こーだと好き勝手に書評を始めるのだった。
本書はヨハン・クライフに憧れた一九六四年生まれのサッカー少年が、五十二歳のプロサッカー監督として戦うまでの、波瀾万丈の半生を描いた物語である。
山梨県立韮崎高校の羽中田昌は、天才ドリブラーとして全国から注目されていた。今なら、連勝記録を更新した藤井聡太棋士や、日本のメッシと呼ばれる元FCバルセロナユースの久保建英(たけふさ)に匹敵する存在だろう。
だが十八歳の少年は、腎臓病で医師から一試合二十分間の出場しか許されない、という悲運を背負っていた。
そして一九八三年八月七日。十九歳になった少年を、無情のバイク事故が襲う。
「何でオレばっかり……」
「世の中、悪いことばかりじゃないよ」
バイクから路上に投げ出された羽中田に、通りかかったおばさんの声。脊髄を痛め、下半身が動かない。あの女性の言葉は、その後の人生の道しるべとなる。
第三章の後半からはテンポ・アップ。県庁就職。結婚。北京での気功治療、天安門事件。バルセロナ留学。車イス監督への道と続く。
ところで、愉快な仲間たちの一番人気は高木だった。昌がぞっこんの妻まゆみちゃん(旧姓・高木)だ。
例えば、男子高校生のまーくん(昌)が同級生のまゆみちゃんに想いをブツける告白シーンは、何度読んでも微笑ましい。さらには、神奈川県でリハビリをしていた昌の病院に、「へへっ、来ちゃった」と、別れたはずのまゆみが突如現れる名場面。誰もが、高木にイチコロになるだろう。
タイトルの「愛」とは、羽中田の純粋なフットボール愛だけではない。まゆみへの愛もまた絶妙に描写され、物語の世界に吸い込まれてしまう。まーくんとまゆみちゃんの二人に心惹かれる中高年はたくさんいるだろうし、愛を求める若者たちにもオススメだ。
FCバルセロナの本拠地カンプ・ノウ・スタジアムで、夫婦仲むつまじく写る表紙こそが全てといっていい。この写真は一九九七年のものだと思う。羽中田は県庁を退職し、サッカー指導者を目指して、スペインに先駆者として足を踏み入れた(現在は東京23FC監督)。反町康治さん(現松本山雅FC監督)と大倉智さん(現いわきFC総監督)がバルセロナに移住し、後に続くが、彼らが夜通し交わしていたサッカー談義も、臨場感たっぷりに綴られる。
とつかけい/1968年神奈川県生まれ。法政大学法学部卒業。98年フリーのスポーツライターとなり、「Sports Graphic Number」などのスポーツ雑誌で執筆する他、サッカー中継の解説も務める。近著に『低予算でもなぜ強い? 湘南ベルマーレと日本サッカーの現在地』。
すずいともひこ/1972年生まれ。スペイン在住のスポーツカメラマンだったが、帰国後指導者に転身。大分トリニータU-18監督。