「でも、どうせ私のコンサートには来てくれないんでしょ」
今年に入ってからもこんなできごとがあった。発端は昨年9月、人気ゲーム「艦隊これくしょん‐艦これ‐」のイベントが長崎県の佐世保で開催され、広瀬がゲスト出演して歌ったことだ。このとき、ペンライトを振って熱心に応援してくれた艦これファンに対し、広瀬が「でも、どうせ私のコンサートには来てくれないんでしょ」とMCでこぼしたところ、客席から「行く~」との歓声が返ってきたという。てっきり社交辞令かと思いきや、年明けから始まった広瀬のコンサートツアーには、艦これファンたちが詰めかけた。広瀬はそれを知ると、会場に彼らのための専用シートまで用意した。2月24日の東京でのツアー最終公演では、抽選により観客のなかから一人だけ壇上に招いて広瀬がその人のために歌うコーナーで、艦これファンの男性が選ばれる。このとき、そのファンが「佐世保の誓いを果たしに来ました」と発言し、彼女を感激させた。別の艦これファンがその様子をTwitterに投稿したところ、これが1万もリツイートされたのだった。後日、広瀬はこのことをYouTubeで報告し、あらためて感謝を伝えている。
なぜ広瀬の曲はポジティブなのか
広瀬の曲はたいてい明るくてポジティブだ。しかし、そこには意外な思いが反映されているらしい。彼女はアメリカで音楽を学んでいたころ、ホームレスの人たちの食事をつくったり、草むしりをしたりといったボランティアも週に1回ほどしていた。アメリカではさまざまな境遇に置かれた人々、たとえば身体的なハンディキャップを持った人たちも、普通に社会の見えるところで生き生きと活躍しており、広瀬はそこから学ぶことも多かったという。
そうした光景を見てきただけに、日本に帰国すると、異質な存在に対する排除意識のすさまじさにあらためてショックを受ける。彼女はそんなこの国の状況に強い怒りを覚えたといい、《私の音楽がこれだけ楽しくポジティブなのは、じつはこうした怒りの反動でもあるんです》と、のちにインタビューで明かしている(※4)。
ブログを開設する動機となった「音楽により毎日の生活をちょっと明るく切り替えられるアイデアを提供したい」との思いも、じつは彼女のなかでは社会貢献の一環であった。そのツールはやがてブログからTwitter、さらにYouTubeと広がっていったが、根底にあるものに変わりはないだろう。このコロナ禍にあって外出自粛が要請されるなか、YouTubeで彼女が聴かせる歌声に励まされたりなぐさめられたという人もきっと大勢いるに違いない。
※1 『週刊現代』2012年12月15日号
※2 『別冊カドカワ』2015年7月13日号
※3 広瀬香美『絶対音感のドレミちゃん』(KADOKAWA、2014年)
※4 『THE21』2010年7月号
※5 勝間和代・広瀬香美『つながる力 ツイッターは「つながり」の何を変えるのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2009年)