「これは偽物だ」という『美味しんぼ』の呪いは過ぎ去った
食の世界で面倒くさい人物像として、真っ先に漫画「美味しんぼ」の山岡士郎や海原雄山を思い浮かべる人も多いのではないかと思います。
人が普段おいしく食べてるものに指を突きつけて「これは偽物だ。食べられたもんじゃない」と言い放ち、「来週またここに来て下さい。俺が本物を食べさせてあげましょう」とぐいぐい話を進めます。これはめんどくさい! 確かにものすごくめんどくさい!
こういう美味しんぼ的世界観、言い換えれば呪い、すなわち「世の中の食べ物には本物と偽物が存在し、全人類は常にその本物の『究極』を目指すべきである」という価値観は少しずつ過去の物になりつつあります。山岡士郎や海原雄山的言動はもはやネタとして扱われるのが今の時代。
そしてその今、盛り上がってきた「スパイスカレーブーム」においては「美味しんぼの呪い」はあらかた払拭されていると感じます。少なくともスパイスカレー屋さんのレビューで「これだったら私の作るカレーの方がよっぽどうまい」と言ってる人はほとんど見たことがありません。なんだ、スパイスカレー自作男ぜんぜん面倒くさくないじゃん! 少なくともこの点においては。
スパイスカレー自作男が安易に他者を否定することのない大きな理由は、今のスパイスカレーブームが常に「多様化」の中で育ってきたからなのではないかと僕は思います。
2000年代後半「本場の味をそのまま」第1次スパイスカレーブーム始まる
ブーム以前、日本のカレーは濃度のあるルーを使用した欧風カレーや「お家のカレー」が中心でした。インドカレーを中心にする各国のスパイス料理は、ごく一部の好事家が楽しんでいるあくまで特殊なジャンル。それを提供するお店もその多くは、本場そのままというより、いかに日本人に抵抗なく受け入れられるようアレンジするかに腐心する、そんな時代でした。
潮目が少し変わってきたのは2000年代後半でしょうか。この時代、あくまで都市部が中心ではありますが、本場そのままのカレーを提供するお店が徐々に増えていきました。
同時にそのファンもそれに比例して増え、また雑誌などのメディアにもそんな店が取り上げられるようになっていきます。その流れを牽引したのがいわゆる南インドカレーで、その後、スリランカカレーやパキスタンカレーなどがそれに続いていきました。
この時代にスパイスカレーの魅力に目覚めたのが言うなれば第一世代。世界にはそれまで自分が知っていたカレーとは全く別の様々なカレーが存在する、という事を知る驚きと喜びが彼らを熱狂させたのです。つまり、カレーというものは驚くほど多様性のある料理だったのだ、という認識がそもそものスタートになっているという事です。