英語を勉強するとき、まず何から始めますか?リスニングの練習をしたり、英語圏の国に行って文物に触れたり、少し滞在して言葉の力を磨いたり…様々な学習方法がある中で、モチベーションを維持し続けるのは大変です。そのような英語の勉強に悩む人に最適な本が『英文学教授が教えたがる名作の英語』(文藝春秋)です。  

 この本の著者で東京大学文学部教授である阿部公彦氏は「言葉の勉強をつづけるのに圧倒的に有効なのは読むこと」と言います。食べ物に「おいしい」があるように言葉にも「おいしい」がある、と語る阿部氏の著書から、アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』の「おいしい」読みどころを転載し、紹介します (全2回中の1回目。後編を読む)

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『老人と海』の読みどころ

ヒーローは自然と戦う

『老人と海』の粗筋には、「まるでハリウッド映画みたいだ」とか「いかにもアメリカ的だ」といった感想を持つ人も多いでしょう。

 たしかにそうです。まずは高々と屹立(きつりつ)するヒーローの存在があります。ストイックで寡黙で男っぽくて、誰がどう見ても物語のど真ん中にいる。注目度満点で、「俺を応援しろ」感がたっぷりです。加えて、いかにもヒーロー風の苦み走った陰があり、哀愁が漂う。しかも物語の山場は、このマッチョなヒーローの孤独な「闘い」なのです。相手はとりあえず魚だけど、実際には大自然そのものを敵に回しているかのような、かなり向こう見ずな挑戦性があります。

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 設定としてはキューバの漁師の話なのですが、いやあ、アメリカだなあ、と思わずにはいられません。

 実際、このような設定はアメリカの小説に頻繁に見られます。とくに海を舞台にした作品で思い浮かぶのは、クジラを相手に壮大な闘いが演じられるハーマン・メルヴィルの『白鯨』でしょう。クジラに怨念を抱き、地の果てまで追いかけようとするエイハブ船長には常人離れしたところがある。そんな彼の視線の中で、クジラの方もただのクジラをはるかに超えた神秘的な存在となる。

『老人と海』にしても『白鯨』にしても、魚やクジラとの対決はきわめて象徴性が高いです。ただの魚釣りや捕鯨ではなく、格闘を通して心の奥に光があたり、ふつうなら意識しないような内面の暗がりへと読者もいざなわれる。そこには、私たちの等身大の日常感覚ではとらえられないような神話的な世界が広がっているのです。