『転職の魔王様』(額賀澪 著/おかざき真里 イラスト)PHP研究所

「生殺与奪の権利をうばわれるな」

 これが本著を読んで最初に感じた感想だ。「あなたが生きていく道はあなたが決められるようにしなさい」――全体を通じて本著の登場人物達はこう読者に訴えてくる。

 さて、この本には大きく二つの真実と、一つの小さな嘘が書かれている。まず一つ目の真実は働く人たちの本音である。本文の言葉を引用するならばこうだ。「みんな、正解がほしいんですよ。人生には選択肢がたくさんあって、どれを選んだらいいかわからないから。一度失敗したらおしまいだって気がするから。誰かに正解を教えてほしいんです」と。これはまさにキャリアに悩む現代人たちの本音であろう。食事レビューサイトの点数でしか店を選べない人たちや、ランキングを見てからでしか何かを買えない人たち。正解主義の学校で育った私たちはキャリアにも正解を求めてしまっている。本著ではこの「働く人たちの本音」が丁寧に描かれている。

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 二つ目の真実は「日本型雇用が生み出すキャリアの弊害」である。本文の中には何度も「35歳が転職できる年齢の上限値」だという表現や「男女差別による転職格差」に関する記述が出てくる。しかもそれらは「表立って誰も教えてくれないが、密かに世の中を支配しているルール」として描かれている。

 私は、これがまさに旧来型の日本企業の弊害であると思っている。言わずもがな、典型的な日本型雇用は年功序列で終身雇用がメインだった。だが、その結果生み出したのが「35歳以降転職できない人たち」だとしたら? 日本の企業で10年働くことがむしろ市場価値を下げるのだとしたら、これ以上不幸な事はあるだろうか?

 私は以前、外資系企業に勤めていた。外資系企業と日本企業の典型的な価値観の違いは「転職回数への認識の違い」である。極論的に言うならば、外資では「一社でしか勤められないのは優秀ではない」という価値観がある。言い換えれば、複数の会社で働けるという事はそれだけ市場価値が高い。こう考えるのだ。私は正直この考えに賛成である。なぜなら歳をとることに対して希望を見いだせる可能性があるからだ。

 最後、三つ目は嘘である。具体的には本質的な意味で働くとは何か? ということに関して一つの嘘がある。この本の中では働く=企業の中で仕事をするという認識で占められている。しかし本来働くというのは「傍(はた)を楽にする」、すなわち誰かのためになるということであってそれは必ずしも企業で働くという意味だけではない。副業や兼業が当たり前になる世の中で、その前提についてだけは変化が必要な部分であり違和感があった。

 ただ総じて「今の働くひと」の声を代弁している一冊だと感じた。

ぬかがみお/1990年、茨城県生まれ。2015年、「ウインドノーツ」(刊行時に『屋上のウインドノーツ』と改題)で松本清張賞を、『ヒトリコ』で小学館文庫小説賞を受賞する。他の著書に『風は山から吹いている』など。
 

きたのゆいが/博報堂、ボストンコンサルティンググループを経て、現在ワンキャリア取締役。著書に『転職の思考法』など。

転職の魔王様

額賀 澪 ,おかざき 真里

PHP研究所

2021年2月6日 発売