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2021/06/18

source : ノンフィクション出版

genre : 働き方, 社会, 読書

都庁の純血主義

 先に秘密の部署と書いたが、実際、試験部は他の部署とは完全に切り離されていて、連絡もままならない。職員は家族にも仕事の話をするなと厳命されるほど、秘密保持が徹底されている。試験部長が同期の知人だった頃、軽い気持ちで遊びに行ったら、フロアの職員全員が業務の手を止めた。私は彼らから泥棒を見るような目でにらみつけられた。

 しかし、こうまでする純血主義の意味が、私には良く理解できない。なぜなら、全国の自治体のほとんどが、採用試験や昇任試験の問題を外注しているからである。

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 職員自らが問題をゼロから考案するのは、日本広しといえども都庁だけである。そりゃそうだろう、試験問題を作るために役所の人材を割くほど余裕のある役所はほとんどない。餅は餅屋に任せればいいというのがごく一般的な考えである。であるのになぜか都庁だけは、我が道を脇目も振らずに進み続けているのである。

 都庁なりの理由はあるのだろう。公務員受験業界が都庁の就職問題の傾向を虎視眈々とウォッチしているとか、情報管理の徹底が不可欠であるというのも分からないではない。だが、だからといってここまでやるだろうか。すべてを自前で完結させる意味が理解できない。

 都庁はこれに限らず、意味不明の自前主義が身にしみついている。例えば、筆記試験に続く面接試験の面接官にしても、全員が都庁の現役管理職である。普段、人事の仕事をしているわけではない。当然、面接官の経験はほとんどない。事前の研修も資料に目を通す程度だ。面接当日の土曜日曜、各局に割り当てられた人数の課長・部長が面接会場に集合し、初対面の3人がいきなりチームを組まされてぶっつけ本番で面接に当たる。1日に10人以上の受験者を面接することもざらである。最後のほうになると、誰が誰だったのか記憶が曖昧になったりもする。

 都庁の純血主義的なやり方はもう十分にガラパゴス化している。自主独立、唯我独尊の行き過ぎが自らの首を絞めていることに、早く気がついてもいいのではないか。