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2021/06/23

 以降も、カブで通学したことをきっかけに、同じくカブに乗るクラスメートの礼子と友人になる。礼子の導きで、荷物を詰めるボックスを付けたり、バイクを使ったバイトをしたり、防風・防寒のためのパーツを探したり、初めての遠出をしたり……と、ひとつひとつの出来事は、ミニマルなものばかり。

 だが、少しずつ、着実に小熊の世界は広がっていく。その感覚は、高校生に限らず、新しい趣味に目覚めた人が味わう世界そのものだ。

あえて省略されなかった「レンチを蹴りつける動作」

 アニメでは、小熊たちがスーパーカブをメンテナンスするシーンなどで、通常のアニメであれば省略するような細やかな動作から逃げていない。車体の下にあるボルトを回そうとして腕力では足りず、レンチを蹴りつける。そんな動作がアニメで作画に起こされたことは、おそらくは初ではないだろうか。こうした日常の延長にある動作は、視聴者の側に動作のイメージが漠然と湧くがゆえに、ある意味では、派手でケレン味のあるアクションシーンよりも難しい。

 動作だけではない。バイク乗りの醍醐味は、自然を楽しむことだと聞く。四季の移ろい、樹々や光、吹き付ける風の変化を、背景美術を始めとする絵と、色彩のコントロールによって巧みに拾い上げている。

 10話の雪のシーンは、その白眉だ。アニメーションで真っ白な雪景色を説得力を持って描き出すのは難しい。遠近感を表し、絵で空間を表現するためのとっかかりとなる、目印になるようなものが画面にほとんど登場しないからだ。また、崩れる雪の動きを表現するのも、簡単にできることではない。劇場版のような「大作」ではないTVシリーズで、短い時間ではあるものの、しっかりと丁寧に描き出していたのには驚かされた。こうした、視聴者にリアルだと感じさせる描写の積み重ねが、登場人物への自然な共感を生んでいる。

何がリアルさを「感じさせる」のか

 今、リアルだと「感じさせる」と、あえて書いた。たしかに、本作に登場するスーパーカブは、本田技研工業株式会社の監修を受け、精巧でリアルな3DCGモデルを起こして描かれている。

初代のスーパーカブ ©時事通信社

 だが、キャラクターデザインは、いわゆる「アニメ的」や「マンガ的」といわれる記号性(ピンクや青の現実ではありえない髪のカラーリングや、極端に誇張されたボディバランスといったような)こそ薄いものの、けして写実的なそれではない。であるにも関わらず、多くの視聴者が、今作の印象を「リアル」だと“錯覚”して受け止める。これがアニメという表現のおもしろいところだ。

 3DCGをどれだけ現実に近づけても、また、作画をどれだけフォトリアルに寄せたとしても、「リアルかどうか」という判断基準では、実写には絶対に敵わないのがアニメという映像表現だ。だが、省略と誇張によって表現されたものが、見る者の中に、ある意味では本物以上の「リアルさ」を喚起することがある。『スーパーカブ』はそうした「リアルさ」の錯覚を、視聴者に巧みに引き起こすような映像づくりに成功しているのだといえよう。

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