新著『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』が話題のブレイディみかこさんと、『分解の哲学』(サントリー学芸賞)などの名著で知られる歴史学者・藤原辰史さんとの特別対談が実現。言葉が拓く可能性からコロナ禍を生きるためのエンパシーまで、縦横無尽に語り合った。(全2回の1回。後編を読む)

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保育という現場で身につけた知性の凄み

藤原 私は以前からブレイディさんの熱心な読者で、89歳ぐらいになったら「ブレイディみかこ論」を書こうと思っているほどなんですよ(笑)。もっと歳をとらないと書けないテーマですが、歴史学者というのは生き恥をさらすのが仕事ですので。

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ブレイディ こちらこそ生き恥をさらして書いてます(笑)。今日はようやく叶った対談で大変うれしいです。

藤原 『THIS IS JAPAN :英国保育士が見た日本』で衝撃的な読書体験をして以来ずっと拝読してきたのですが、ブレイディさんが保育という現場で身につけられた知性は、大学で青白い顔をして学んだこととは比べものにならない凄さがあるんですね。

 例えば『子どもたちの階級闘争』で描かれたドラッグもアルコール問題も絡む「底辺託児所」は、もう戦場と言ってもいいぐらいのリアルな現実があります。とくに師匠の保育士さんとアイリッシュのお連れ合いがいい味出していて、「地べた」からのコメントがいちいち現代社会の本質を突いている(笑)。こうした言葉の切り取り方の新鮮さって、英語をくぐり抜けたあとに日本語と出会ってる感じがします。

ブレイディ それは初めてのご指摘です。私は昔、翻訳の仕事をしてたことがあるんですが、渡英してからイギリスの大学の夜間コースで翻訳の資格を取っています。英語から日本語に訳すクラスの先生は日本人だったのですが、先生に「めっちゃくちゃ日本語が下手!」って言われてたんですよ。ずっと博多弁で育ってきたから標準語で書くのが思いのほか難しくて。『日本語の作文技術』という本多勝一の本を渡されて、そこで日本語を書くことを勉強しました(笑)。