「NHKではこんないい加減な方法がまかり通るのか? これまでもこういうウソをついて番組を制作してきたのか。これまでにどれだけ『再現』風のドキュメンタリーを放送してきたのか。そう考えると恐ろしくなる」

 筆者の取材にこう不信感を露わにしたのは、阿武野勝彦さん。

 もしテレビ業界にいながら「東海テレビのアブノさん」を知らない人間がいたら、「モグリ」だと断言してもいい。『ヤクザと憲法』『平成ジレンマ』『人生フルーツ』『さよならテレビ』など様々なドキュメンタリー番組を手掛けてきた名プロデューサーだ。

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 その阿武野氏が著書「さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ」(平凡社新書)の中でNHKに対して「ドキュメンタリー論争」を真っ向から挑んでいることが、テレビ関係者の間でちょっとした話題になっている。

アブノさんが提起したNHKへの疑問

「さよならテレビ」(平凡社新書)。制作の軌跡をたどる文章は超一級品で味わい深い。なかでも、2018年に亡くなった樹木希林さんのエピソードは名女優の知られざる一面も描写

 ドキュメンタリーとは何か、テレビとは何か。いつも考えながら後輩のディレクターらを叱咤激励して奮戦した記録がこの本だといえる。批判の筆致は、自らが所属する会社の経営者、「マスゴミ」とか「オワコン」などと呼ばれるようになったテレビの現状そのものにも容赦なく向かっていく。

 彼が問題視しているのは、2007年に起きた名古屋闇サイト殺人事件をめぐるNHKのドキュメンタリー番組『事件の涙 Human Crossroads――同じ空を見上げて “闇サイト殺人事件”の10年』(2017年12月27日放送)だ。

NHK Facebookより

 事件を振り返ると、2007年8月24日、名古屋市千種区の路上で、帰宅途中のA子さん(著書では実名、当時31歳)がインターネットの闇サイトで集まった男3人に拉致、殺害されて山中に遺棄された事件だ。冷酷非道な犯行に母親のB子さん(著書では実名)は加害者全員の死刑を望んだ。「1人の殺害は無期懲役が妥当」という判例がある中でB子さんは街頭に立って33万筆を超える署名を集めた。一審判決は2人が死刑、1人が無期懲役という結果だった。