「新しい資本主義」とは何か?
先崎 『岸田ビジョン』という本なんですけれども、読んでいると、引っかかりがたくさんあるんです。引っかかりというのは、こちら側に面白い発想を浮かび上がらせてくれる、そういったものがとても多い。皆さんは、おそらく岸田さんが4人の総裁候補のうちの1人としておしゃべりしているのをテレビとかで短い時間でも見たと思うんですけれども、そのときに一丁目一番地で出てきた言葉が「新しい資本主義」という話なんです。じゃあ何が「新しい」のか。
「新自由主義を是正する」
先崎 彼ははっきりとこう言ったわけです。「小泉内閣以来の新自由主義を転換するんだ」と。これが何を意味しているのかという基本的な考え方を復習することは、実は菅内閣とは何だったのかという、後にお話しすることともかかわりがあります。
まず、日本の社会の基本的な骨格を考えるときには、80年代と90年代以降というのを分けて考えたほうがいい。80年代は俗に言われるようにバブル経済というふうに呼ばれていた時代なんですけれども、その頃は非常に日本は豊かさを享受していたわけです。しかし、90年代に入ると、世界的にも日本の国内的にもさまざまな変化が起きてくる。例えば外に目を向けると、冷戦構造の崩壊が起きる。国内においては、いわゆる55年体制というものが終わる。そして、何より大事なことは、経済政策において、90年代以降の日本というのは新自由主義的な政策を取ってきたんだということです。
では「新自由主義政策って何だ?」といったら、一言で言うと、規制を緩和する。つまり、ルールを撤廃し、自由な競争を行わせるんだというのが基本です。皆さんにとって身近なところでいうと、例えば駅前のロータリーにものすごい数のタクシーが増えたということに気づかれた方がいらっしゃるんじゃないでしょうか。それから、バスの業界においても規制緩和が起きまして、夜行バスの新規参入も増えた。
競争が起きるということは、われわれサービスを受ける側にとっては、より安くてよいサービスを受けられるからいいわけです。さらに言うと、競争というところからは新しい発想が出てくる。新しい発想には新しい市場ができるわけですから、すなわち、新たな雇用が生まれる。こういうかたちで、日本の社会をイノベーティブにする、これが新自由主義の原則的な発想です。
ただ、私は、この発想に疑問を持っています。結果的に90年代以降、そして小泉内閣のできた2000年代では、このような経済政策を積極的に取っていくことにより、格差が生まれやすい社会になった。しばしば言われていることですが非正規雇用者の数が、1000万人以下だったものが、今は2000万人を超える勢いで増えていっている。人々が激しく競争をして、負けた人たちは下に下がっていく一方、一部の勝ち組が出てくる。この不安定な社会を生み出したのが、小泉改革なわけです。
それを是正していくんだよ、ということを一丁目一番地で掲げたというのが、岸田内閣のまず言わんとしたことで、この流れは「トリクルダウンから分配型へ」といえるでしょう。トリクルダウンというのは何を意味するかというと、シャンパンタワーがあったとしたら、一番上にシャンパンを注ぐと、下のほうにどんどんシャンパンが行きますよね。あれと同じで、大企業に利潤が入ってくると、株価が上がったりすることによって、下のほうの孫請け、中小企業のほうにも恩恵が広がっていく。こういうかたちで社会全体をよくしようというのが基本的なトリクルダウンという考え方。だとしたら、そうじゃなくて、中間層に直接働きかけようというのが、今回の岸田内閣のやろうとしていることです。これについては、後に私なりの評価を述べます。