先崎 「岸田ビジョン」2番目の特徴ですが、教育と人材育成が大事なんだと言うわけです。そして、教育の業界にもデジタルをどんどん導入しなければいけない。それともう一つ、リカレント教育という言葉を使っていました。
このリカレント教育というのは、「リ」というのはリサイクルの「リ」なんです。要するに、40代の人間が新たな知識を身につけることで、今までやっていた業界から、いきなり全然違う業界に業種転換する。大工さんだった人が全然違う仕事に就く、そういう雇用の流動性をもたらすためにもリカレント教育が必要だということを言っているんですね。
「集中」から「分散」、「分断」から「協調」へ…?
先崎 そして3つ目のキーワードが、「集中から分散へ」です。実は『岸田ビジョン』について私が一番ポイントだと思っているのは、ここなんです。分散するということは東京一極集中から分散なので、地方への注目というのが非常に大きなポイントになる。デジタルによって、地方を分散しつつ、どうつなげていくのかということが柱になっていると思います。
それからもう一つ、「分断から協調へ」ということも彼はしきりに言っています。この協調というのは、「外交」と「国内」の2つに分けて考えたほうがよい。国内においては、先ほど言ったように、小泉内閣以来の格差社会を是正する。つまり中間層にみんなを寄せていくんだということです。それから外交においては、トランプ外交のような一国中心主義ではなくて、国際協調するんだと。その意味で協調という言葉を主張しているんだと思います。
次に見ていきたいのは、『岸田ビジョン』の中の一節です。読んでみますね。
「いま政治家に求められている大きな課題は、コロナウイルスとの戦いで明らかになった、日本社会の抱える脆弱性を克服しつつ、アフターコロナの時代の日本のあり方を構想することです。コロナショックでは、多数の社会システム上の目詰まりが指摘されました。デジタル化の遅れ、特に官におけるデジタル化の遅れ、 10 万円給付をめぐる混乱、雇用調整助成金支給の遅れなど、 例を挙げたらキリがありません…時代は明らかに『集中』ではなく、『分散』を要請しているのです」(岸田文雄『岸田ビジョン』講談社、2020年)
気になるのは、まず2行目の「脆弱性」という言葉です。それから次に、3行目の「目詰まり」という言葉。この辺を読むと、私はビビビビッと反応する。それからもう一つは、デジタル化の遅れと10万円給付という、「10万円給付」のところですね。
まず、一番分かりやすい「10万円給付」の話からしていきたいと思います。『岸田ビジョン』では、「10万円給付の遅れはデジタル化が遅れたからだ」という、これだけしか書いてない。「だからデジタル化を推進するんだ」と。ところが、思想史の研究者の私からするとそれでは不十分で、ここには日本人の戦後全体を規定してきたマインドの問題があるんだよと言いたい。