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使わないことば、使いたくないことば

 否定形と人称代名詞は、使わないよう気を付けている。

「会えない」「行かない」「来ない」「忘れない」。否定形を使うと書きやすいし、お洒落な雰囲気も出る。否定形を多用するヒットメーカーもいるけれど、それを反面教師にしようと思った。否定形を使わないのは難しい。肯定しながら陰影を出すのは難しいのだ。ポジティブに影を表現するということ。100%使わないわけにはいかないが、使わなくてはならない最小限度に絞る。

「『しらけちまうぜ』(歌/小坂忠、曲/細野晴臣、1975年発売)」

 小坂忠に書いた『しらけちまうぜ』(曲/細野晴臣、1975年発売)が、『スニーカーぶる~す』や『硝子の少年』以前に失恋をポジティブに表現できた最初だと思う。ジャニー喜多川さんが気に入ってくれてジュニアに入る子の課題曲にしてくれたから、ジャニーズはみんな歌えたらしい。ジャニーさんのオーダーで失恋をテーマにした曲をいくつも書いているが、それもこの曲が原点になっているのだと思う。クレイジーケンバンドの横山剣や小沢健二もカバーしてくれた。

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 涙は苦手だよ 泣いたらもとのもくあみ

 しらけちまうぜ

 

 いつでも傷だらけ 愛だの恋は今さら

 しらけちまうぜ

 

(『しらけちまうぜ』)

 人称代名詞も、言わないで済むのならなるべく使わないほうがきれいな日本語になる。「あなたの」と言うと、音符を四つも使う。貴重な音符を使うのだから、その四つで別なことを言いたい。詞に無駄なことばを使わないのは西洋も東洋もいっしょだが、究極は俳句だろう。松尾芭蕉を超えた詩人は未だいないと思う。芭蕉から学んだことばのテクニックはたくさんある。

詞が先か、曲が先か

 詞が先にあって歌ができるのですか、それとも曲が先ですか、という質問を受けることがある。ぼくは両方である。はっぴいえんどはほとんど詞が先で、詞を書くのに苦労した記憶はない。作曲の担当者が、曲作りに苦労したこともそれほどなかったはずだ。ぼくの詞にメロディをつけるということに関しては、みんな才能の塊のような人たちだった。細野さんも大滝さんも、松本の詞は曲をつけやすいとよく言っていた。イメージが広がるから先に詞をくれと言われた。

 はっぴいえんど解散後の大滝さんは、自分で歌うものに関しては曲が先だった。そうじゃないと、松本色が強く出過ぎるから、と。バンドの解散の遠因はそこにあると思っている。ぼくが書く詞が強くなり過ぎた。大滝さんの曲で松田聖子や森進一に提供した歌は詞が先で、そのほうが世界が膨らむと言っていた。

 京平さんは、最初は曲が先だったが、『木綿のハンカチーフ』以降は詞先と交互になった。お互い仕上げた曲と詞を交換して次の作品を作れば効率がいい。京平さんはそれができる人だった。

 ことばのリズムを取るうえでも、ドラムの経験は有利に働いている。歌として完成した形まで見通して詞を作ることができる。音楽に対する知識があるかないか。とくにリズムがわかっていて書いた詞は、作曲も編曲もやりやすいはずだ。リズムは完全にぼくのからだに入っている。考えなくていい。ぼくが書くと自然に音韻が整う。メロディといっしょにことばが跳ねる。跳ねることばには快感があるし、記憶にも残りやすい。そこは他の作詞家よりも有利な部分だと思う。