「ら抜き言葉」や「全然+肯定表現」など、日常的な会話や文章の中で、違和感を持たれやすい表現がある。人によっては、そういった表現をつい「これは正しくない」と断じてしまいそうになるかもしれない。しかし、言語学者の川添愛氏によると、“理にかなっている”というケースもあるそうだ。

 ここでは、同氏の著書『ふだん使いの言語学 ―「ことばの基礎力」を鍛えるヒント―』(新潮選書)の一部を抜粋。日本語表現の変化について言語学的な側面からみた意見を紹介する。(全2回中の2回目/前編を読む)

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「日本語がおかしい」と指摘されたら…

 ここで、いわゆる「言葉遣い」への向き合い方について考えてみよう。次の相談者のような悩みを持った人はかなり多いのではないだろうか。

【相談】

 昔からよく、「あなたの日本語はおかしい」と言われてきました。この前も、「当日は多くの方がお集まりいただきました」と言ったら、それは変だと言われました。変だと言われ続けてきたせいか、話すときも文章を書くときも、本当にこれでいいのか自信がありません。どうしたらいいですか?

 私自身も他人から「日本語がおかしい」と言われた経験があるが、これはかなり漠然とした指摘だ。この本でも見てきたように、おかしな言葉の「おかしさ」にはさまざまな要因がある。単に「日本語がおかしい」と言っても、内容が意味不明なのか、文脈から考えて変なのか、文法的に不自然なのか、あるいはその全部なのか分からない。おかしな文を口にするに至った原因も、「言いたい内容がはっきりしていないから」だとか「注意力が足りないから」などという、言葉以前の問題である可能性もある。もし改善をしたいなら、「日本語がおかしい」と指摘してきた人に対して、何がどうおかしいのかをよく聞いてみた方がいいかもしれない。

写真はイメージです ©iStock.com

 個人的な経験から言えば、「日本語がおかしい」というのは、実質的に「あなたの言葉の使い方は、大多数の他人のそれと違いますよ」という指摘である場合が多い気がする。相談者が例に挙げている「多くの方がお集まりいただきました」というのも、「お集まりいただき」という表現と「が」という助詞の組み合わせが問題になる例だ。これを「多くの方にお集まりいただきました」に修正したくなった方も多いだろう。

 「多くの方が集まる」という文に見られるように、集まるという行為の主体は通常「~が」で表されるが、ここでは「集まる」という動詞に「いただく」が付いている。「お集まりいただく」は、「集まってもらう」を謙譲語にしたものだ。「集まる」と「集まってもらう」では、集まる主体を表す助詞が次のように変わる。

多くの人が集まる
    ↓
多くの人に集まってもらう (→多くの方にお集まりいただく)

 よって、「お集まりいただく」も、集まる主体には基本的に「に」が付くことになる。

 他方、もしこれが「お集まりくださり」だったら、集まる主体には「が」が付くことになる。「くださる」は「くれる」の尊敬語であり、「集まる」も「集まってくれる」も集まる主体には「が」が付くからだ。